絶望の果て――勝利への道筋
森本は黙々と投球練習を続けていた。
2球目、3球目とまるで相手が誰であろうと構わないと言わんばかりの威圧感を放ちながら、投げ込んでいく。
それを見つめる僕らの時間だけが、静かに残酷に失われていった。
その時、沈黙を破った声があった。
「俺に行かせてください」
立ち上がったのは今日三塁コーチャーに入っている三年の高崎だ。
決して野球が特別上手いわけじゃない。背番号も20番、ギリギリのベンチ入り。
背番号の20という数字が示している筈だ。
それでも高崎は堂々とバットを持ち、バッターボックスに向かって歩き出した。
ユニフォームの背番号があんなにも大きく見えるのは気のせいだろうか。
「...狂ったのか?」
誰かが小さく呟く。
でも僕は気付いた、これは高崎の意地だ。
三年間、腐ることなく練習して三塁コーチャーという誰もやりたがらない役割をしてまで野球にしがみついてきた男の意地だ。
「ッ!...高崎」
僕は自然と呼んでいた。
何で今まで、高崎のことを知ろうとしなかったんだ。
だから..
「高崎!ぜったい繋げよ!」
感情が溢れた。気づけばそんな言葉をかけていた。
高崎が一礼して打席に入った。
――初球、空振り。高めへの剛速球にバットが追いついていない。
完璧に振り遅れている、離れた僕からでも分かるくらいに。
二球目またしてストレート、高崎がなんとかバットに当てたが前になんか飛ばずファールになった。
三球目、四球目、と外に逃げていく変化球を高崎は見送った。
五球目の高めボール球の釣り玉も高崎は振らなかった。
粘って、粘って、ファウル、ファウル、ファウル。
そこまでのミート力なんて一回も見せたことないのに。
ベンチが息を呑む中、九球目――外角低めギリギリ。
……ボール。
フォアボールだった。
高崎がガッツポーズした瞬間、ベンチが一気に湧いた。
まるでここからが本番だというように。
続く坂野が送りバント。
必死な形相をして一塁にヘッドスライディングする。
一塁アウト。でもランナーは二塁へ。
それだけのプレーに、 今までになかった気迫が宿っていた。
「変わった...空気が変わった。」
僕はバットを握りしめる。
――もう一度、戦える。
ベンチの空気を変えたのは高崎の意地だった。
三年間腐らず耐えて、脇役に徹していた男が、主役になった。
僕が森本に立ち向かう理由なんてそれだけで十分だ。
審判に一礼して打席へ。
マウンドの森本が巨大に見えた。
この勝負この打席はタイムリープなんて関係ない、僕と森本との戦いだ。
どう打つか、そんなの決まっている直球一択だ。森本の得意球を粉砕して勝つ。
いつもはそんなこと考えないのに何故か僕はそれしかないと思った。
初球、落差の大きいカーブがゾーンに入る。ワンストライク
僕の頭にはもう直球しかなかった。
二球目もまたカーブが同じコースに入る。
……なるほど、直球を狙っていると読まれている。
キャッチャーは相当頭が切れるようだ。
でも今なら分かる。次が勝負球――ストレートだ。
音が消える。
森本が振りかぶった瞬間、視界から彼が消えた。
白球だけがはっきりと見えた。
僕は無我夢中でバットをボールに合わせた。
白球が飛んでいく。
ライトポール直撃の打球は白い軌道を描いて跳ね返り、グラウンドに戻ってきた。
…逆転2ランホームラン
何が起きたのかわからないままダイヤモンドを一周した。
ベンチに帰って仲間に祝福されてようやく理解する。
「勝てる。いや、勝ちきってやる」
あと三人。
あと3つ。
この試合を終わらせる。
夏を終わらせない。
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