第41話旅の始まり

「腕によりをかけ料理してやるよ」


 自分の腕をアピールするように前に突き出す。


「君はワシを一体何だと思っているのかね。

 ワシは味ではなく値段のみで料理を決定する男。

 値段さえ安ければ、何も言わん!」


「いいね、いいね。だったら俺も全力で値段が安くなるように交渉してやるよ。

 後で俺の『素晴らしい交渉手段』にケチをつけるなよ」


「構わん構わん。もはや裸一文でここに来た身だ。

 大したことはできんだろうし、何をしようともワシの懐は痛まん。

 なら、全力でやりたまえ」



(よし!)

 気の抜けた返答に、俺は歓喜する。

 とっさに思いつき、実行した罠に引っかかったからだ。

 次にあいつがこの村に来た時、どんな顔になるのかが楽しみで仕方ない。


 どうなるかなぁ。

 ニマニマと笑っていると、慣れない寝所、しかも興奮状態ということもあって、なかなか眠れなかった。

 おかげで、朝早くにやる仕込みに余裕で間に合ったんだ。

 俺は気にしていない。


(でも、眠い)



 なので、ふぁ~、とあくびを一つ。

 体は疲労に悩まされている、しかし、精神は希望に満ちていた。

 これからゼニゲバが不幸になるのだ。

 あいつの不幸のためならたとえ火の中水の中。

 ゆえに、眠気など問題にもならぬ。



 しかも、今日の運勢は大吉らしい。

 この暗い中、起きて作業している人間に出会えるかと不安だった。

 それが、宿の台所に足を向けただけで見つかったんだ。


 でもこの子、――どこかで見たような。

 まじまじと見つめると、昨日馬小屋に食事を運んできた子だと気がついた。

 宿の娘ということで、面倒な仕事を任されたらしい。

 働いた分以上の幸運を俺が与えてやらないと。



「あ、あなたは」


 少女の方も俺の顔に見覚えがあったのだろう。

 昨日であって、怖い人という印象が抜けていないのか、身構えている。

 俺としては仲良くお話ししたいだけなのに、これだと話しかけても逃げられかねない。

 そうなれば面倒だ。

 でも、どうすればこの野良猫を手なずけられる?

 ミスをすれば計画がパーだ。

 それだけは避けたい。



「リース姉ちゃんにあいさつしときたいんだけど、どこに住んでいるか知っている」


「リースさんにですか、失礼ですがどういった関係でしょうか」


「俺の母の友達、血はつながっていないけど、幼少期ともに過ごした親戚みたいなものだよ」


 ついでとばかりに、あの家族の容姿や個人的な印象を話してやる。

 確かあの一家は俺をほっぽりだしてこの村に引っ越したはずだ。

 その縁がこんなところで生きてくるなんて、世の中何があるのか分からないものだ。


「なるほど、労役でダンジョンに行くことに……。

 使命のためというのに、この扱い。本当にひどいですよね」


 計画通り。

 宿屋の娘は急に俺に親身になってくれた。

 これこそ、忍法『人脈の術』だ。

 人というのは、知り合いの知り合いというだけでも、信用してくれる生き物だ。

 証拠に、俺は宿屋の娘からの信頼を獲得した。



「実はさ、就職活動のために料理を作ることになったんだ」


「就職活動?」


「ダンジョン探索でも、炊事は必要だろ。

 俺は運よくディオニュソス様の加護をもらっているからさ」


「なるほど、前線に出る戦闘員ではなく、後方支援をメインにやりたいと。

 そっちの方がいいでしょう。戦闘員は死亡率が高いし」


 なので手伝ってくださいとお願いすれば、彼女は快く引き受けてくれた。

 何て、いい娘なんだ。



(たっぷりとお礼しないとね)


 ちなみに料理番になるよりも、俺にはこの子にお礼するほうが重要だったりもする。


 まず俺がやるのはコンソメ作りだ。

 野菜をすりおろしたり、いったん煮てやわらかくしたり、ありとあらゆる手を使って準備をしていく。


 今回は、時間がないので乾燥させる暇がないが、まぁ……、いいだろう。



「何を作っているんですか」


「コンソメだよコンソメ。

 ここに来た偉い役人様とともにいる商人が大金をはたいて製造法を買い取った、今人気の商品だ」


「私も聞いたことがある、何でも、簡単に美味しい料理を作れるとか」


 売り渡した秘蔵の製造法を話しても、ヘラの神罰が下ることはなかった。

 そのことに、ほっと胸をなでおろす。

 何せ俺は契約者本人に全力で料理しろと命令され、後で文句を言わないと言われているからだ。

 その全力の中に、自分の技術を他人に伝授することも含まれている。



 ――チラッ。


 言葉ではそっけない彼女だが、ちらちらとこっちを見つめている。

 間違いない、もし俺がここを去ったら、絶対マネするぞ。というか、マネしてください、お願いします。


 もっとも、マネしなくてもほかでも同じことをするだけだ。

 何度も何度も同じことを繰り返せば、勝手に売り出す輩が出てくるに決まっている。

 いつかは、ゼニゲバにこのことがばれるだろうが、しかし、気がついたことには後の祭りになるのは決まっている。


「味見してみる」

「したいしたい、味見したい」


 元気よく食いついてきたので、小さな欠片を手に置いてやる。


「何これ、味が濃い」


「スープや調味料で味を薄めて使うのが本来の使い方だしね。ほら、スープ」


「すご! お湯とこれだけでこんなにおいしいスープになるなんて」


「瓶だとか、湿気を遠ざければ一週間くらいは持つけど、あまり長持ちはしないから、もし余ったらできるだけ早くつかってくれよ」


「これもらってもいいの」


「材料はそっちもしだしね。ただし、安くしてくれよ」


「これを買い取ったって形にしたら、説得はできるわね」


「これで交渉成立だ」


 俺たちは握手を交わした。


 値引きの約束を達成した。

 これからが楽しみだ。

 おまえは俺の罠にはまった。

 はした金を節約するために、未来のもうけの種を消失したんだからな。




 こうして、さまざまなトラブルに見舞われつつも、俺たちの旅は始まった。

 ダンジョンに出発する港につけば、船の荷造り、港での簡単な訓練を経て、春。

 冬の荒波がどうにか落ち着いた頃に、俺たちは出向した。

 魚の足を持つ人魚たちとともに。

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異世界ダンジョン村~ご飯にするお風呂にするそれとも……、もちろん全部! 俺は全てを貰うぞ @kuroe113

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