第40話料理番

 奴隷が逃げ出さないよう、俺たちを連行している集団はいそいでいた。

 そのせいで、宿泊地にたどり着いたのは日が沈むのかどうかの境目だった。


 家の中や宿に招待されるゼニゲバや役人。

 俺たちが案内されたのは粗末な馬小屋だ。

 お世辞にも心が休まる場所とは言えないが、疲れ切っていたエールはわらに思いっきりダイブした。


「あの金の亡者め。

 町のやつらもあっさりだまされるなんて。

 抗議活動をしようとしただけやのに」


 ゆっくりと腰を下ろす俺に弾丸のように話しかける。


「大体、あれだけ婚姻統制が厳しいんすよ。今に、働き手たる若い男が逃げ出して、立ちいかなくなるっすよ、絶対」


 町への愚痴をこぼしていると、人の足音が聞こえてくる。

 やって来たのは意外にも若い女だった。

 持ってきたトレイを馬小屋の前に置く。

 乗せられていたのはからっからに乾いた干し肉と、あまり具の入っていないスープだ。


「もしかして、食への興味が薄いのか」


 体を起こすと足に付けられている鉄の鎖から金属音が響く。

 その音に、女は露骨におびえている。

 危ないやつと思われているらしい。


 質問に答えるそぶりも見せず、反転した。


(つれないな)

 去っていく背中を見て、俺は少し悲しくなった。



「なんというか、まずいっすね」

「そうだな」


 そうこうしているうちに腹が鳴った。

 しかたがないと、出された食事に手を付けるのだが……。

 味は期待通りに、期待外れだった。


 最低限の食材と最低品質の材料で作りましたという感じだな。

 貧しさよりも、良く分らないやつに施しをしたくないという抵抗を感じる。


「そういえばっすけど、そのカバンに何が入ってるんすか」


「他の連中にとられかねないから、まだ中身を見てないんだよ」


(使えるものが入っていればいいんだけど)


 ナトラちゃんから渡されたカバンをごそごそあさる。

 最初に手に触れたのは小さな箱だった。


「もしかして弁当箱!」


 独り占めしないよなと、エールが子犬のように見つめてくる。

 この状況だ、貴重な食料を渡したくない。

 しかし、苦しい状況で分かち合ってこそ本当の友情は生まれるものだ。

 それに、箱はずっしりと重い。

 2人で分けてもどうにかなる。


 保存食が入っていればいいなと期待していたが、中はパンだった。


「分かっていたけど、料理を作る時間がなかったんすね。

 まぁ、ないよりはましっす」


 エールは淡々と手を伸ばす。



 ――まさか、あいつら!


 たいして、俺は目から大粒の涙をこぼしていた。


「なんすか。何でただのパンにそこまで感動できるんすか」


「目にほこりが入っただけだよ」


「ここは本当にほこりっぽいっすよねぇ」


 古い馬小屋だ。

 至る所でほこりが舞っているのは事実だ。

 下手な言い訳が疑われることはなかった。


 もちろん、俺はほこりのせいで泣いたわけではない。

 パンが好きなわけでもない。

 泣いたのは、このパンに施された小さな工夫が原因だった。

『頑張れ』という文字が小さくではあるが、確かに刻印されていた。



 前世でいうキャラ弁の技法だ。

 面白いからとサキスやネトラに見せたことがあった。

 芸術性は認めるけど、味に変化がないから意味ないだろと2人にはダメだしされたな。

 ナトラちゃんだけはかわいいと大はしゃぎしていたのを覚えている。


 それなのに、作ると一番下手で、興味がありませんという顔をしているサキスが器用さを発揮した。


 それに、このパンはあの姉妹が良く作ってくれたものだ。

 パンを味わい深くするために、いろんな果物を中に入れる癖があった。

 最近のお気に入りは俺が2人におすそ分けした干しぶどうだった。


 このお弁当には、村での俺の出会いと経験。

 そのすべてが詰まっていた。



「あんなに悪口を言ったのに、そんなに故郷が恋しいんすか」


 涙を流す俺に、エールはあきれていた。


「違う。故郷の味は素晴らしいと確認しただけだ」


 サキス。

 好いた女が、兄である俺に取られそうなんだ。

 チャンスが巡ってきたら、ものにするのは悪いことではない。

 ネトラ。

 おまえん家は貧乏なんだ。ただ、経済力がありそうな男を選んだんだな。

 2人とも、結婚おめでとう。


 ナトラちゃんも。

 こんな手の込んだお弁当を用意してくれて、ありがとう。

 おばばも、村のことを第一に思っているんだ。

 もう、今回のことで怒っていないよ。


 ただしゼニゲバ。

 てめぇはダメだ。




「おいゼニゲバ!

 ここの料理はまずいな。俺ならば半額で倍うまい飯を作ってやる」


 奴隷が逃げ出していないか確かめてきたのだろう。

 ゼニゲバが遠くから俺を見ていた。


 告白しよう。こいつを見るだけではらわたが煮えくり返る。

 約束を無視して俺たちを売ったんだ。

 ワラでできたお人形があればくぎを打ち込んでた。


 復讐したい。

 具体的にはぶん殴りたい。

 でも、今は我慢。


 どうやって罠にはめようか。

 想像を巡らせても、今は無理という結論に落ち着く。

 少しでいいから自由を手に入れなければ。


「ただの、奴隷がいっちょ前に口答えかね」


「おまえには得しかないだろ」


 知らないやつの足をなめるのと、こいつに笑いかける。

 どちらがきついか……。

 正直悩むな。


 まぁ、俺、足なんてなめたことはないけど。



「まぁ……」


 やはり金の亡者だな。

 大きな声というわけではないのに、お得という話を聞き逃さない。


「おまえを自由にしたところで、それがどうすれば金もうけにつながるのかね」


 その上で、自分に得がなければ計画に参加しないと言ってきた。


「接待だよ。

 うまい飯の提供は基本だろ」

「確かにそうだ」


 ゼニゲバは首を縦に振った。

 行けるか! と思ったが、その首が微かに、横に……。


「こっちで料理を作れば値段交渉ができる可能性もあるだろ」


 断られると感じた俺は二の矢を放った。

 さぁ、どうだ。


「なるほど。こちらで雑用をするから、料金を……。

 奴隷をこき使って代金が節約できるのなら……」


 奴隷。

 ゼニゲバが何気なく口にした言葉が現実を改めて突き付けてくる。

 俺は落ちぶれていた。

 身分的にはそうだ。

 だが、魂まで奴隷になるつもりはない。



「拘束を解けば、君は逃げるのではないかね」


 こいつからしたら俺は商品だ。

 疑うのも当然。


「そん時は、俺の同士であるエールを煮るなり焼くなりすればいいよ」


「えっ!」


 すまん、エール。飛び火した。


「ともに犯罪計画を立てた同士だ。簡単に切り捨てるようなマネはしなないと考えてもいいか」


 ゼニゲバは担保に納得したようだ。


「しかしだ、仲間を危険にさらしてでも、料理を作りたいのかね」


「逃げるつもりがないからだよ。

 ルールを守っていれば罰金は発生しないんだろ」


 ふむと、ゼニゲバはあごに指を置いた。


「やはり、ワシには理解できん。

 そこまでして、ただ働きをしたいのかね」


 そうだよな。

 料理を作っても報酬がもらえるわけでもないし。


「これは就職活動だよ。

 船で料理番になるために」


「あんたは、そんなことのためにこいつに頭を下げてるんすか」


 隣で、エールが騒ぐ。

 正直うるさい。


「これから俺は船での下働きだ」


 孫子も言っている。

 およそ、客である遠征軍が進行する際、深く進攻すれば必死に戦うと。


 これは近代国家成立前の事実なので、現代の戦争には当てはまらないだろう。


 しかし、故郷から切り離された空間。

 帰る当てがないから、半強制的に働くしかない。


「より楽な役割が欲しい。料理なら、慣れてるし、まだましだ。

 お役人様に、そのアピールをしたい」


 どうだ。矛盾はないだろう。

 そう感じたのは向こうも同じらしい。

 ゼニゲバも首を縦に振った。

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