第39話金の力

「見たまえ。

 これこそが、この町に混乱に導こうとした罪人どもだ」


 ゼニゲバが堂々とした態度で腕を向けた先には縛られた俺たちがいた。

 暴力行為なんてするつもりはなかった。

 弁明を頭にかぶせられたずた袋が封じている。

 時間がたつにつれ、会場の空気が困惑から怒りへヒートアップしていく。


 俺たちの顔が解放されたのは、もはや弁明が何の意味も持たないと分るほどに、危機的状況になってからだった。

 当然、どれだけ言葉を尽くして説得しようとも、だれも俺の話など聞いてくれない。



「それで、エール。ケイデス。

 ゼニゲバの話は本当なんだね」


 机の上で足を組み、おばばはその地位に見合った尊大な姿をさらす。


 ようやく話を聞いてもらえるようになったのは、群衆がさり、おばばと対面してからだった。


 野次やら皮肉がなくなった分、耳には優しいが、嘘を許さんという鋭い視線にさらされ、今度は胃に悪い。


「信じちゃダメっす。

 僕たちは初めから、この町に混乱をもたらそうなんて考えもしなかったっす。

 全て、この男の妄想や」


 おばばは大きく息をはいた。

 パイプの煙がこちらに向かってくる。


「証拠は上がってるんだよ」


 パンパンとおばばが手をたたけば、


「ノーデ!」


 いや、他にもあの会合の参加者が縄に引っ張られている。



「部外者とはいえ、この町で商売をする身だ。

 であるから、この町で混乱が起きるのを見過ごせないのだよ」


「ウソだ! おまえはそんなことを心配する玉じゃないだろ」


「ケイデス。こいつが信用できないのは私も同感さ。

 でもね、話をしたら、こいつら全員自分の罪を白状したよ」


 どうやら、しらばっくれたのは俺とエールだけだったらしい。

 クソ! 引き際を見誤った!


「俺たちは、この村の婚姻制度改革を目指していただけだ」


「そうっすよ、それのどこが悪いことなんすか」


「本当にそれだけかい」


 おばばの目が細まった。

 縄につかまった中年どもが俺たちから露骨に視線を逸らした。

 これだけで分かる。

 こいつら、自分が助かりたいからって、あることないことを言いふらしやがった。


「もう、みっともない言い訳はよしたらどうかね」


 ゼニゲバは、さも自分は善意の第三者ですという顔をしているが、その手には俺が隠した金貨の袋が握られている。

 取り調べ中に、探り出したのだろう。

 この盗人め。



「ウソだ。ほんとうは金がほしいだけなんやろ」


「何を言っているのかね。

 ワシはここでアルテミスの神官と話し、この町を思う、その強き意志に感銘を受けたのだ」


 さらなるウソが並べられようとした時だった。

 神殿の扉が開いた。


「おお! ところで謝礼は。

 こういうのは、後回しにすればなぁなぁにされることがあるからな」


 やって来た役人に、ゼニゲバは掌を見せた。


「普通、それを本人たちの前でやるかね。

 あんたは、この村に詳しい、ゼニゲバに、私が差し出すだろう人間を調査させたわけだ」


「そのおかげで、ゼニゲバさんはお金を得る。

 あなたは、面倒な輩を合法的に処理できる。

 私は仕事のノルマを達成できる。

 WinWinでは」


 その利益の輪に、俺たちが入っていないことを除いたらな。



「それで、俺たちはこれからどうなるんだ」


 まさか臓器売買ってことは……、この世界だとないな。


「そこにいる中年たちには税金としての労役を。

 あなたたちにはダンジョン探索をしてもらいます」


 役人が教えてくれた。


 それにしても、労役か。

 中学で習った気がする。

 今の税金は基本的に金だ。

 昔だと、金の代わりに米や労働で払っていたそうだ。


「あんたらを売り渡した私が言うのは変かもしれないけど……。

 死ぬんじゃないよ」


 あのさ、そう思うなら俺たちを役人に差し出さないでくださいよ。

 まぁ、誰かを差しださないといけない状況。

 だったら犯罪者からってなるのは分かるよ。俺が犯罪者であることには抗議したいけど。



「いまさら、今さら保護者面をするな!」


 エールが言い返したら、もうおばばは泣きそうだ。


「大体、ゼニゲバ。

 弱スキルのせいで婚約者を寝取られたって言ってたっすけど。あれはウソだったんすね。

 僕に取り入って、情報を得るためにでたらめいってたんやな」


 ぶちぎれエールも、子供のころから知っているおばばが泣きそうになれば追及できなかったのだろう。

 もう一人の戦犯に矛先を向ける。



「まったく、何を言うかと思えば……。

 ワシを金さえ得ればあとはどうでもいい詐欺師と一緒にしないでくれたまえ。

 君たちに話した内容は全てが真実だとも」


「嘘や! だったら、どうして同じ境遇の僕たちをはめるまねができるんすか」


 魂そのものを絞り出したかのような、エールの悲痛な叫び。

 ゼニゲバはそんなものには興味もないとばかりに、報酬として渡された金貨を数えていた。

 能力でもう何枚あるのか分かっているのに、わざわざ手で数えるのは本人のこだわりだろうか。


「一つだけ言わせてもらう。

 ワシがこの世界で最も嫌いなものはスキルによって優劣をつける社会そのものだ」


「だったら、俺たちの行動を黙認するべきでは?

 そうすればスキルのみで行われている、婚姻統制に穴をあけられたはずなのに」


 意外な返答に、好奇心が刺激される。


「そんなことも分からないのかね。

 スキルによって優劣をつけるこの社会ではあるが、スキルよりも上の力がある。

 金だ!」


 なるほど。そう来たか。


「ワシを捨てたあの女。婚約者の商売が失敗してな。

 ワシに頭を下げたよ。

 それだけではない。給金を払えば、その男よりもさらに強力なスキルを持った男どもが、喜んでワシに頭を下げてくる」


 けたけたと笑うその姿は悪魔のようだった。


「ワシは悟った。

 この世界にはスキルよりも優先されるものがあるとな」


「なるほどね。

 つまり、ゼニゲバはお金を恋人に選んだわけだ」


「そうだ! 金こそが、我が最愛よ」


 皮肉のつもりだったんだけど。

 ぶれねえな、こいつ。



「おばば。

 聞きました。こいつの危険な言葉を。村で長年共に過ごした僕たちよりも、こんな危険人物の言葉を信用するんすか」


 ゼニゲバと俺との会話を聞いて、エールは何を言っても無駄と判断したのだろう。

 おばばの説得に動く。


「そんなものは決まっている。

 おまえらは私に挑戦しに来たんだろう。

 そのために、人を集め、仲間を集め、その上でこの町のルールを曲げようとした」


 喧嘩を売られたから買った。


「ならば、私はその挑戦を待っ正面から受け止めた」


 これがおばばの理屈か。



「でも、それだと。町の発展が頭打ちにならないか。

 10年か20年くらいすれば血縁関係が面倒なことになるはずだ」


「それよりも早く町を発展させればいい。

 トップにさえ立てば、金も人も、向こうから使ってくださいと流れてくる」


 なるほど理にかなってくる。


「まぁ、おばばの年齢を考えればもう心配はいらないけど。

 おばばが死んだら、町の実権がだれかに乗っ取られかねないぞ。

 今からでも、おばばの意見の先を見据えられる濃い傾斜を育てないと」


 さて。ここが交渉の見せ所。

 正直、俺はダンジョンに行きたいからいいけど。

 隣にいるエールはそんな気持ちはさらさらない。

 ここからが腕の見せ所だ! と、俺はひそかにエールの肩を触れて発破をかける。


「そうっすよ。

 実際、僕も、そこにいるゼニゲバに見事に手玉に足られたし」


 実はゼニゲバにだまされているんだと、毒を流し込む。


 しかし、おばばに取り付く島もない。


「私としても、この町の成長性は魅力的だ。

 このように、順調に発展しているのだ、その調和が混沌に浸食されるのは好まない」


「だから、不穏分子を奴隷にするのかよ」


「軽度の犯罪者に、税金を知らはってもらうといったほうが正解でしょう」


 役人の言葉に、なるほど、物は言いようだなと思った。



「実際、私は喜んでいるんですよ。

 なにせ、毎度毎度面倒な交渉をしなければならない、労役の確保をここまでスムーズに行えたのですから」


「なら、安心するといい。俺は勤勉だ。

 何せ、過労死大国である、日本で生まれ育ったんだ」


「日本?

 どこですか、それ」


 前世のことを持ち出してけど通じなかった。

 分かってたけど。


「まぁ、その、仕事をやって、出世してもても、そんなんじゃさらなる仕事が待っているだけだぞ」


 せめて、ケチをつけてやる。


「それで、国家が繁栄するなら。私にはそれで十分です」


「うん。君は絶対に出世という階段を登っていく。俺が保証してやるよ」


 マジで、こいつら、やりてすぎない。



 縄で手をくくられ、俺はとぼとぼと歩いていく。


「みんな……」


 教会を出て、町の門のところで、皆が待ち構えていた。


「一体、何やってるんだよ」


「いくらなんでもこれはない」


「あ、あの……。これ、荷物のたぐいを集めてきました」


 ネトラは呆れ気味。

 サキスはこちらをさげすんだ目で見ている。

 その手が握られているのを見れば……、いや、よそう。

 ただ、こんな時にいちゃつくなとは思ってしまうが。


 唯一、こちらを心配そうに見ている、ナトラも、ただあたふたとしているだけだった。


「あ、あの」


 手を伸ばそうとして、俺はその手を止めた。

 ナトラ以外が露骨に視線を逸らしたからだ。


 正直、俺はずっとダンジョンに行きたかった。

 助けてほしいとまでは思わない。


 でも、手を伸ばしてほしいと思っていた。

 助けようと動いてほしかった。

 

 でも、現実では、誰も俺を助けてくれない。

 本物の関係を築こうとした俺だったが、その結末は以前と同じだ。

 誰からも見捨てられ、ただ寂しく、置いてきぼりにされた。

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