第35話非モテ同盟

「この集まり……なんと言うべきか……」


 思わず口を滑らせ、あきれが漏れた。

 席に座った面々から、負のオーラが立ち昇っている。

 汚らしい無精ひげ、しわが寄った服に、脂ぎった顔。


 一夫多妻制、制度のせいで結婚できないと恨み言を言っているが……。

 理由がそれだけではないと、見ただけで分る。


「どういうことだぁ」


 ――ジロリ。

 鋭い眼光がこちらに向く。


「ノーデはもう40代だろ。結婚願望がまだあったのかと驚いただけだ」


 マジレス神拳を披露してもひんしゅくを買うだけだ。

 あれ? 披露したら、こいつらは帰ってくれるかも?

 だったら……やっぱ、だめ!

 知り合いにそんな残酷な真似できない。


「歳をとると思ったんだぁ。

 奇麗な嫁さんをもらって、穏やかに暮らす。そんな平穏な日常も悪かないってなぁ」


 奇麗な嫁さんという部分に、年を考えろと思わなくもない。

 そこをのぞけば、前世中年だった俺にも共感できる夢だ。

 しょうもないとも思うけど。


 前世の経験で分かる。

 こいつらは見た目がだめだ。

 ルッキズムと批判されるかもしれないが、美貌を維持するにも努力はいる。


 ――健康的な食生活に、適度な運動、スキンケア。


 今を楽しようと、食っちゃねをすれば、美しい花も枯れてしまう。

 こいつらは美しくなる、人に好かれようとする努力をしていないのだ。

 そりゃあ、結婚できない。



「あ! 煮えたな」


 帰ってほしいが、こんなんでも客だ。

 最低限の礼儀というのはある。


 所々が欠けている陶器の鍋。

 熱々なので、熱が伝わらないように、袖を伸ばし、ポットにお湯入れ、それをコップに注ぐ。



「粗茶ですが」


 中に入った液体を一切揺らすことなく、音を響かせながら、机にセットする。


 皆は中身を見ると顔を歪めた。


「おいおい、酒……はやめったんだったなぁ。もっと、気のきいたもんはないのかよ」


「そうや。

 これってただの水じゃないっすか」


「こちとら、引っ越ししたばかりだぞ」


 と、俺は反論した。


「なるほど。まだ茶葉がないんやな。

 なら、しょうがないっすね」


 すると、向こうは仕方ないと矛を収めた。



「あ! 何それ」


 その姿を見てから、棚に置いてある小さな器を取り出す。

 そこに納められた、葉をポッドの中に入れる。


「売り物だよ。リンガティー。燻製の材料を取るついでに、余った材料で作ってみたんだ」


 甘くすっきりとした匂いが部屋の中に広がる。


「何でお客様にそれを出さないんすか!

 お客様は神様っすよ!」


「残念だが、客は客でも、まぬかれざる客に、そんなものを出せるかよ」


「なら、金を出すぜ」


 エールを押しのけ、ノーデが銅貨を一枚机に置いた。


 まじで!

 さっさと帰ってくださいというお願いを、遠回しにしただけなのに。


 銅貨1枚は正直安い。

 けど、金がないしなぁ。



「どうかゆっくりしていってください。お客様」


 ちりも積もれば山になる。

 満面の笑みを浮かべた俺はティーポッドから、赤い液体を注ぐのだった。


「投げ銭っす、みんな投げ銭をするんや。そうすれば、ケイデス君は僕らに部屋を使用させてくれる」


 きっと、水を出された恨みがあるのだろう。

 4枚の銅貨は服に。

 あと一枚は顔へ命中した。

 少し、痛い。




「一夫多妻制の撤廃が僕たちの目的や」


 雰囲気を出すために口の前で両腕を組んだエールの口からは少年とは思えない重苦しい声が出てくる。



 ――おおおぉぉぉ!


 呼応するかのように賛同の声があがる。

 我を忘れて叫ぶのが中年オヤジなのだから、見ていると痛々しい。



「僕の予想やと、このままやとうちの村は産業面で他に置いて行かれるんす。

 産業を進めるには複数のスキルが必要やのに、うちでは戦闘能力しか見ていない。

 村の発展のためにも、早期にこの制限を撤廃する必要があるんす」


「「「「そうだそうだ」」」」


 非モテどもがサキスを持ち上げる。

 妖しいセミナー会場に迷い込んだのではと錯覚してしまいそうになる。


「衛星村ができた。

 村の安全性が格段と向上したのに、いつまでこんな面倒な制度を継続せないいかんのや」


 皆からまた賛成の声がする。


 おんなじことしか言わないレコーダーどもを見てまずいと思った。

 このままだと勢いで流される。

 圧倒的な熱気を冷ますべく、水を注がねば!


「そのことについて、おばばから事情を聞いた」


「どんな事情っすか」


 よし! 食いついた。


「衛星村が本当にもつかって、心配していたよ」


「持たないかもって。どういうことだぁ」


 おばばの意見を代弁すれば、ノーデが怪訝そうな顔をする。


 今のこいつは酒とたばこくらいしか興味がないと思っていたんだが。

 最低限、村の未来を案じる思いはあったらしい。


「俺たちにとってなじみ深いところから話すと、ガキの頃に起きたオーク襲撃だな。

 災害でつぶれる村が多いらしい。

 特に、できて間もなく、防備が整えられていない村は」


「あれと同等の問題が起きれば、村がつぶれる可能性は十分あるなぁ」


「まだ、安全が確保されていないのがおばばの考えっすね」


 反対意見の詳細を理解したのだろう。

 エールには納得できた部分と、できない部分があるらしく、首を縦や横に振っている。


「少し違う」


 その不可解さを解消すべく、道を示してやる。


「おばばは町から人を派遣して、開墾地を支援するつもりだ」


「違和感の正体はここだったかぁ。

 で、何のためにあの強欲ババアはそんなことを?」


 ノーデの問いは、彼だけのものではない。

 皆が多かれ少なかれ同じ疑問を感じている。

 周囲の視線が俺一点に集まっている。


「一体どんな儲け話が裏に隠されていやがる。

 そうでないと強欲ババアが動くわけねえよ」


 亀の功より、年の功というやつだろうか。

 おばばという人間を知っているからか、ノーデの問いかけは的を射ている。


「強欲かどうかを置いといて。

 僕もノーデさんに同意見すね。

 わざわざよその村に手を伸ばすのはどうかと思うっす。

 まだ冗談と言われたほうが筋が通るっす」


 この時、顔が崩れるのを防ぐのに必死だった。

 少なくとも、答え合わせが終わり、こいつらの間抜け面を見るまでは我慢しなければ。



「おばばの計画は、この町をここら一体の盟主にすることだそうだ」


「「「「「はぁ!」」」」」


 思っても見なかった壮大な計画に、皆の驚きが重なる。



「そんなくだらないことよりも、もっと休みがほしいんだが」


 おばばの計画を実際にやった時を想像してしまったのだろう。

 1人が何気なく漏らしたつぶやきに同意の声が上がる。


(ダメだ、こいつら)


 内心に、毒が漏れた。


 確かにいびつである。

 そこは間違いない。

 それでも、おばばはこの村の発展、先を見て行動している。

 だというのに、こいつらはいま楽をしたいだけだ。


 人間としての基本強度から違う。

 こんな連中とつるもうと、何も得られない。

 こんな調子ではおばばと勝負するなど、夢のまた夢だ。

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