第36話乱入者

(だめだ、こいつらは泥船だ)


 皆に気づかれず、観察するために、少し視線を下げた。


(どうでる、エール)


 他のメンバーには期待できない。

 しかし、エールだけは例外だ。

 このメンバーの実質的なトップであり、エールの言葉に心を動かされたからこそ、俺はここにいる。


 村のことを真剣に考えていなければ、人口問題にたどり着けない。

 そこにたどり着き、この町をよくしようと動いたのだ。

 敬意すら感じる。

 ゆえに、本当にこの集団が沈むのかどうかはエールしだいだ。



「あくまで僕個人の感想っすけど、おばばの案はむりっす」


「本当にそうか。強い軍団を生み出して、周囲のリーダーになる。

 力こそが正義の辺境だと、現実的だと思うよ」


「ケイデス! さっきからおばばの肩ばかり持ちやがってよ!」


 互いの反応を見る、俺とエール。

 じれったいやり取りに我慢できないと、ノーデがせっついてくる。


 俺はお茶の濃度を一定に保つべく、ポッドをぐるぐる回す。


「中立だよ。

 少なくとも、この話が終わるまで」


 空になったエールのコップに茶を注いだ。



「そもそもの話。うちの町って大きいわけでもないんすよ」


「エールは何度も人口問題について話していたよな」


「そうっす。

 人口が過剰で、その余剰で他の村を支援するなら僕も賛同するっすよ。

 でも、うちの町の人口でそれをするのはね。

 成長が頭打ちになっている現状で、他の村を援助しても、息切れするのが落ちっす」


 お代わりをくれと、今度はノーデがコップを差しだした。


「正直な話さぁ、俺は一夫多妻制よりも傭兵事業に反対だぁ。

 そんなきつい仕事、やりたかねぇよ」


「それ、おまえがサボりたいだけだろ」


 お茶を注ぐ手が、少しだけ乱暴になったのはご愛敬だろう。



「実際、俺も少子化問題が引き起こされている今、おばばの意見には反対だ」


「つまり、ケイデス君は僕の見方をしてくれるってことっすね。

 これからよろしくっす。

 一夫多妻制撤を一緒に実行しましょう」


 エールが俺に手を伸ばすが、その手を俺は握ることはなかった。


「残念だが、俺は一夫多妻制には賛成だ」


 お茶を入れ終え、コップをノーデに返してやるが、受け取られることはなかった。


「さっきから意見をころころ変えやがって。おまえは一体どっちの見方だぁ!」


「それを決めるのは俺じゃなくて、そっちだよ」


「どういうことだぁ」


 ノーデが不思議そうにこちらを見てくる。

 少し、説明を省きすぎたか。


「要するに、そっちが俺の味方になるのかどうかを決めてほしいってことだ。

 俺の意見はそちらとは少し、でも、決定的に違う。

 こちらの計画は一夫多妻制の撤廃ではなく、制限の追加だ」


「なんだそれ?」


 ノーデだけでなく皆もはぐらかしに苛立っているな。


「妻の数の制限と、一定以上の財産がなければ複数の妻が持てないという決まりを作りたい」


 ここで調査結果を開示する。


「複数の妻を持っている連中に話を聞いたんだ。

 共通する問題がいくつもあってな。

 多いのが、女同士の不仲と財政難だ」


「ジオおじいちゃんも同じことを愚痴ってたっす。

 家庭内のけんかと女に使う金をどう節約しようかって」


「そりゃそうだろ。

 俺がその愚痴を元に話を作ったんだから」


「あの、人の家のプライバシーを勝手に開示しないでほしいんすけど」


 他人事ではないからか、エールがやたら首を突っ込んでくる。


「でも、それを知らないと問題点を指摘できないよな」


「それはそうっすけど、今は難しい時期なんすよ。

 おじいちゃん、若い女に飽きられて、離婚したんすけどね。

 離婚した女にすがりついて、他の妻はどうでもいい、行かないでくれってね。

 今もおばあちゃんたちと大げんかしてるんすよ」


 うわ!

 ジオの家に行ったときに違和感を感じたが、ここまでとは。


「よっぽど気を付けないと、人間関係が破綻するよな」


 うんうんと皆がうなずいた。



 皆に話せないのが残念だが、一夫多妻制が当たり前の社会を知っている。

 中東を中心に信仰されているイスラームだ。

 この宗教では妻を4人までもつことができる。


 もちろん、ここみたいに考えなしではない。

 いくつもの決まりとルールがある。

 妻側が要求すれば夫側が複数の妻を持つことを拒否できる。

 全ての妻を平等に扱うこと。

 その上で、経済的に保護する義務が生じる。


 うちの町ではいくつかのルールが破綻しているので、それに対策を打つ姿は素晴らしいの一言だ。


 制度そのものを、こちらに導入したいくらいだった。



「複数人の女を囲うのはスキルがあればできる。

 全部の女を満足させるには多くの金が要る。

 強いスキルを持っているけど経済力がないという話は珍しくもない」


 話をまとめると、これが婚姻制度の欠点だった。


「さぁ、俺に協力するか、それとも……」


 質問に返答はない。

 単なる先延ばし、というわけではない。

 互いに言いたいことを言い終えた。

 得た情報を自分のなかでそしゃくし、自分なりの答えを出すフェーズに移行したのだ。


 椅子にぐったりと体を預けたり、出されたお茶で疲れた喉をうるおしたり。

 皆が思い思いの時を過ごしながらも、脳を酷使していく。

 ここが秘密の会合であることを忘れてしまいそうなほどに、のどかな時間が過ぎていく。



「それで誰の意見を……」


 水が熱を上げている脳を冷却し、皆の瞳に理性の色が戻った。

 採決のときが来たと思われたのだが……。



 扉の向こうからノックが聞こえた。



「えっと……、誰かが、人を呼んだんすか?」


「俺は知らん」

「俺も」


 エールの問いかけに、皆が知らないと答えた。

 なら、俺への個人的な客だろう。


「そろそろ帰れよ」


 まだ答えは出ていないが、時間切れ。

 面倒な客を追い出すための方便ができたからこそ、迷いなく実行する。


「もしかしたらだけど、外にいるのは俺の客かも知れん。

 話をしてみたら、案外話があったんだぁ」


 計画はさっそく破綻した。


 それにしても、元酒かす。

 現ヘビースモーカーのろくでなしと話が合う変人が扉の向こうにいるかもしれないのか。

 胸がどきどきして、震えてきた。



「やぁ、皆、景気はどうかね。

 もし、いいというのならワシのところで金を落としていってくれ」


 扉を開けると、そこには守銭奴がいた。

 なるほど、強欲商人であるゼニゲバに、ノーデはタバコで買収されたのだろう。

 どうりで、話が合うわけだ。


「何でよそ者を連れて来たんだよ」

「すいません。これは身内同士の会合なんすよ」


 納得したけど、だから何って話だ。

 皆も塩対応だった。

 呼ばれただけでこうなのだ、実際に呼んだノーデには非難の視線が突き刺さる。


「おいおい、何でよそ者だからって理由だけで、のけ者にするんだぁ、話くらい聞いてやれよ」


「いやぁ」

「でも」


「諸君らが戸惑うのはもっともだ。

 なら、お茶を『おごって』もらっている間だけ、面白い話をするのはどうかね」



 そういえば、昔水で金を請求したな。

 今も忘れていないなんて、器が小さいな。


「いっぱいだけなら。

 あんたに、自由にお代わりさせると、制限もなく飲んでいくからな」


 ノーデはあたふたしているが、ゼニゲバは落ち着いている。

 人生経験の厚みがもろにでていた。

 というか、この状況でずうずうしくもお茶を要求する。

 こいつの心臓には毛が生えているのだろうか?



「まったく、君はそんな昔のことを今も根に持っているのかね」


 ……どうやら向こうもこちらを器が小さいと思っていたらしい。

 似たもの同士と言われるとそれまでだが、嬉しくない。


 恩はある。しかし、世話になったからと言って、その人間を好きになるかは別の話だ。



「まずはそう、君たちがもっとも知りたいであろうことから話そうか。

 ケイデス君の計画こそが最善だと思う。しかし、そのまま実行すれば確実に失敗する」


(落ち着け、落ち着け俺!)

 呼んでもないのに来て、いきなりダメ出し。

 怒っても何にもならないと、自分に言い聞かせ強引に笑顔を作る。


 ――ヒッ。


 その笑顔はどうにも不細工なものになったらしい。

 お茶をたかりに来た連中がおびえていた。

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