第21話月女神の加護
運命の日がおとずれた。
満月の下で、俺とサキスは神殿の庭で雪を踏みしめた。
北風が吹き荒れ、皆が寒さに震え、コートを深くかぶる。
防寒着を持たない俺たちは、身体をぶるぶる震わせるしかない。
その間、大人たちは忙しそうに人形を設置している。
これから大人になる子どもに、社会の厳しさを実地で教えているのだ。
寒さも、しばらくするとましになる。
井桁型、木を縦横に並べて作られたれた土台。
そこに放たれた小さな火が燃え広がり、暖を取ることができた。
「ケイデス。頼んだよ」
この火はただ暖を取るためのものではない。
目的を果たすために、決死の覚悟で衣服を脱いでいく。
まじで寒い!
冬場にこれはダメだろ!
頼んできたおばばに、殺意を覚える。
でも、必要なことだ。
軽い足取りで、とろ火の中を進む。
「すげぇ、火の中を歩いてる」
「でも、本当は熱くないんじゃないか」
「確かに、根性で、あっつ!」
スキルの実演を、手品かやせ我慢ではないかと疑われたらしい。
1人が手を伸ばすも、熱さから慌ててのけぞった。
雪に手を突っ込んでいるから、きっと大事にはなるまい。
「Cランク」
おばばの無情な評価が下される。
スキルには5段階の評価がある。
Dランク。
低出力。
Cランク。
日常生活の中で活用可能。
Bランク。
兵器として活躍が可能。
Aランク。
戦術的な価値を持つ。
Sランク。
戦略的な価値を持つ。
俺は上から4番目。
まぁ、まずまずかな。
「ランクは下から2番目だけど……。
お前さんのような珍しいスキルは使い方ひとつで化けることもある。
気を落とすんじゃないよ」
おばば。
俺が思っていても、あえて口にしなかったことを指摘しないでもらえません。
使い勝手のいいスキルで無双してやるぜと計画たてたのに!
気にしてもしょうがないけど。
安心してもいる。
外にいたのは俺が見本を見せるためだ。
これで、温かい神殿の中に入れる。
今度は、皆がスキルを得て使う番だ。
俺たちは神殿内のアルテミスさま像の前で背筋を正して並ぶ。
あるものにとって、これで成人という通過儀礼。
またある者にとって、魔法やスキルが手に入るイベント。
儀式へのスタンスは人それぞれだが、全員にとって大きな節目であることに間違いはない。
「そういえばだけど、強いスキルを手に入れるコツとかある」
「そんなものがないって、知ってるだろ」
もしあれば、自分に使っているよ。
「やっぱりか。本当に憂鬱なんだけど。
スキルという努力関係なしの個人の資質でこれからの人生が決まるのは。
僕みたいな、才能も運もない人間に天が微笑んでくれると思えないんだけど」
「大丈夫だ。
スキルがはずれだとしても死ぬようなことはない。
少し惨めな思いをするだけだ」
「その少しでも、僕は耐えられるとは思えないから、心配してるんだけど」
サキスは乱雑に髪を掻きむしっていた。
元々長めだったのもあってか、爆発したみたいになってる。
「でもさ、他の神の使徒と違って僕たちにはどんな力を手に入れるのか分からないんだ。
最悪、邪魔になるだけの力を手に入れることもあり得る。
こんなんだと、僕も亜人のほうが良かった」
そのまま、さらなる不満を口にする。
「そこが人間と亜人の大きな違いだよな。
俺はランダム性がある方が楽しそうだから嬉しいけど」
「僕はDランクを獲得しないか不安なんだ。
亜人だと最低でもCランクで、自分に合ったスキルを貰えるし」
亜人は神の力が混じっているからか、特定のスキルしか獲得できない。
しかし、環境に合致したスキルが獲得する。
「Dランクスキルを獲得しても、俺が食わせてやるよ。
今日は寒いから、慣れない酒をふるまわれることはないが、おばば曰く俺の酒は絶品らしい。
酒作りはもうかるからな」
一方で、人間の場合は一貫性がない。
前世でも、親ガチャという言葉があった。
親が持っている財産、施せる教育のランクによって人生が決まるという意見だ。
こちらの世界は親ガチャがより顕著だ。
ほとんどの国が専制君主制。
身分の流動性がないので、俺みたいに低い身分だとそのまま人生詰むこともある。
スキルという生まれの資質によるガチャもある。
あれ、この世界って前世よりも、人生に占める運の割合高くない?
「ああ、こんなところに人生の安全ベルトがあるなんて」
でも、俺は自分の手で弟にシェルターを作ってやれた。
親ガチャだけでない、実力も重要だと俺が証明できたのだ。
「さあ、皆前へ」
村の子供がおばばのもとへ歩いていく。
大きな村ではないから、全員顔を見た記憶はあるが……。
何人か名前を思い出せない。
Aから始まる名前だとは分かる。
並びはアルファベット順だし。
あれ? 学校の出席番号かな?
「神の加護を得るわけだけど、どんな感じだった」
「特になんともなかったよ。
気がついたら終わってた。
記憶にも残らないほどの些細な出来事だ」
注射を怖がる子どものように固くなるサキスを安心させてやる。
そうこうしている間に、男の子がアルテミスさまの像にひざまずいた。
「汝、月女神アルテミスの使徒として過ごすことを誓うか」
「はい」
宣言。すると、
「うわっ!」
驚き、声が漏れた。
分厚い天井によって、外気は遮断されているというのに、月明かりが神殿内を照らす。
前世だと、何かの手品。もしくはライトだと思っただろう。
だが、この光は断じて無機質な人工物ではない。
もっと、神聖で厳かなものだ。
あまりの光景に、俺は間抜け面をさらすことしかできない。
弁明するとすれば、周囲も50歩100歩だということだ。
隣のサキスは口を半開きにし、よだれを垂らしてる。
周囲に漂う光は蛍のようにも、宝石のようにも、星々のきらめきにも見えた。
「これが気がついた時には終わっていたんだ。
こんなすごい光景でも、兄さんにとっては記憶にとどめるほどでもない、些細な出来事だなんてすごすぎる!」
「まぁ、そんなもんだ」
う、嘘だけど。
「まじで、こんなすごい光景でも」
「流石は、成人前に魔物を倒した猛者は違うな」
「すげえ、流石はケイデス君」
やめて!
俺の武勇伝を語りつつ、持ち上げるのは!
洗礼について、本当は記憶にないんだ。
というか、ディオニュソス様。
あなたの加護授与、地味すぎやしませんかね。
「まぁ、それほどのこともあるかな」
でも、今さら告白できない。
ええい! ここは毒を食らわば皿までだ。
――じっ!
周囲は賛美の声。
どうやらごまかせたと思ったのもつかの間。
サキスがじっと俺を見つめてくる。
気のせいかと、もう一度確認するも、
――じっ!
視線がぶれることはなかった。
弟だけはある。俺の嘘を見破りやがった。
普段は前髪で隠れている切れ長の瞳が、心の奥底を暴き立てるように鋭く光る。
これは隠しきれない!
「すまん! こんな派手な光景は見てないんだ。
寝ている間に起きたのか、ディオニュソスさまの力の受け渡しは地味なのか。
見えを張って皆に嘘ついた!」
真実を語るとみんながっかりしていた。
一人の例外、サキスを除いて。
心の奥底を覗きこむような鋭い視線はまだ光を放っている。
真実を告白したのに、いったいなぜ!
「兄さん、あそこに鹿がいるんだけど。
鹿はアルテミスさまの化身だっていうし、もしかして、僕たちのことを見守ってくれてるのかな」
俺を見ていたんじゃないのかよ!
「まじか」
「本当だ、という角の大きい」
「今から弓取ってきていいか」
「こんなに日に、罰当たりだぞ」
「おぬしら」
浮ついた雰囲気に、おばばの鋭く冷たい声が水を差す。
「今は神聖な儀式の最中だ。少しは落ち着かんか」
「「「すいません」」」
騒ぎが納まると同時に、光もまた納まった。
そこにはさっきと何ら変わりがない、影の薄い少年がいた。
「加護を授かってどう、何か変わった」
「あの光の中ってどんな感じ」
「アルテミスさまの声を聞くことがあるって本当」
「スキルは、一体どんなスキルを獲得したんだ」
「僕としては、特に変わったところは感じないんだけど」
そうだよね。
覚えていないと語ったが、それは他も同じらしい。
外から見たらまた違うかもしれないが。
でも、これでこいつも魔法もスキルが使えるのか。
見た目では全く分からないけど。
1人、また1人と洗礼を受けていく。
その中には俺もいた。
だって、かっこいい魔法を使いたいし。
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