第15話ぶどう狩り
えっちらおっちら、山の中を歩くこと2時間。
うっそうと茂る木々の中。その場所はぽっかりと空いた穴のように見える。
ギラギラとした太陽の光を水面が反射し、銀のきらめきがまぶしい。
その小さな湖のほとりで、
「ZZZ」
俺は狸寝入りをしていた。
「これ、辛くておいしい」
「そうだろそうだろ。実はそれ僕が作ったんだけど」
「へぇ、やるじゃないの」
食べてるものは辛そうなのに、雰囲気は甘ったるい。
サキスのデートプランをぶち壊してしまったという罪悪感。
若者特有の歯が浮くような空気に耐えきれず、俺は隅っこで傍観者を気取っていた。
要は、あとは若い二人でってやつだ。
俺も十分若いけどね。
こうして2人の様子をうかがっているが、楽しそうに笑いあっている。
ネトラの気持ちを量りかねていたが、この様子を見るにまんざらでもないのかもしれない。
朝。サキスを叩き起こして、ネトラが好みそうなサンドイッチを作り上げたのが良かった。
お兄ちゃんも鼻が高いよ。
事実を伝えればサキスのメンツをつぶすことになる。
今回作ったレシピを墓場まで持って行くことになるが、楽しそうに笑いあう2人を見れればおつりがくる。
「このまま魚釣りを続けてもいいよな」
2人の会話が一段落したのを見計らって、俺は朝から続けていた作業を続行していいかと確認した。
「ほら、村の皆におみやげを頼まれてるし」
約束の内容はできたら渡す程度のものだ。
黙々とこなしていたのは、2人っきりでぶどう狩りを行ってもらうためである。
そのかいあって、絆をはぐくんでいるのである。
良かった、良かった。
「もう魚は十分じゃないの。
一緒に頑張らない」
「魚はもっと多いほうがいいと思うが」
嘘だ。本当はネトラの意見に賛成だったりする。
けどな、お前と作業するのはサキスの視線がきつくなるので嫌なんだよ。
魚釣りのほうが気が楽だ。
「僕も、魚はもっと多いほうがいいと思うけど」
サキスの奴必至だ。
そこまでして2人きりで作業したいのか。
可愛い奴め。
お兄ちゃん、お前らの恋路を応援してるからな。
「でも、もう少しで籠一杯になるんだぞ」
運搬用の籠は3つ。
2つは満杯で、最後の1つも半分は埋まっていた。
「帰る時間を考えると、作業できるのはあと2時間くらい。
それまでに、満杯にしたいじゃない」
ネトラの魂胆は読めた。
作業をさっさと終わらせて、家でゆっくりしたいのだ。
「そう……だな」
サキスのためにも反論したいが、時間がないというのも事実。
今の季節。5時頃でも太陽は沈まないだろうが、山の中を進むのだ。
不測の事態を考慮したほうがいい。
最悪なのは夜の山に取り残されること。
そうなると、怖くて眠れない。
ガチで。
日本でも夜の森の中ではクマや猪を警戒しなければならないが、この世界には数多くの危険な魔物がいる。
視界の利かない夜の山の危険度は日本とは次元が違う。
「酒作りならこれだけあれば十分だと思うけど。
分担作業でも……」
「だったら、うちが魚釣りやりたい。座って竿を垂らすだけだよね。そっちの方が楽そうじゃない」
「いやいやいや、座ってるだけだと思うけど意外とつかれるんだよ、魚釣り」
その甘い考えを俺は否定する。
「もう分かった。皆でぶどう狩りする」
あ! 別々の作業をするよりも、妥協する道を選んだな。
「ほら、早く籠を一杯にするんだぞ。
ケイデスは酒作り初心者なんだし、山ブドウの量は多ければ多いほどいいじゃないの」
正論という暴力がサキスを襲う。
このままだと、2人きりの作業がどう転ぼうと終わる。
理屈での逆転は無理だろう。
だが、打開策はある!
俺はサキスにハンドサインをせわしなく送った。
さぁ、いけ。
今こそ男を見せる時だ!
「僕もそう思う。
遊び感覚で来たけど、おばばの依頼もある。なら、中途半端はよくない」
このヘタレ!
ここはお前と一緒にいたいっていう場面だろ。
俺は自分のことを棚に上げて、だからお前は持てないんだと、サキスに言ってやりたくなった。
「さぁ、行くぞ! 美味しいワイン飲みたいしのよ!」
「いや、お前の成人は来年だよな。飲ませねぇよ」
「そのために、大目にワインを作らせつるんじゃない」
「いや、ダメなものはダメだからな」
「そこを何とか」
「おばばに言いつけるぞ」
「もうさ、酒作りには十分な量の武道があるし、帰ってもよくない」
「言い分けないだろ!」
こうして、俺たち3人は全員でぶどう狩りを行うことを決めた。
「すっぱっ!」
ぶどう狩りの最中。
俺は好奇心に負けて山ブドウを口に含んだ。
甘さよりも酸っぱさが舌を刺激する。
実は小さく、種も大きい。
この欠点だらけの作物が、マスカットにまで進化するのに、いったいどれだけの日数が必要になるのだろうか。
なんてことを考えてしまう。
「もしかしてだけど、ケイデスってお腹すいてるんじゃないの」
「もしかして、ブドウ食べ過ぎって注意しに来たのか?」
ぼーっと、していたのが悪かったらしい。
ネトラに心配されてしまう。
「だって、さっきの食事の時。
食べた量がうちらの半分くらいだったじゃない」
そっちが理由か。
「もしかして体調不良じゃないの」
俺の額に、細くて白い手が置かれた。
少女特有の高い体温に当てられたのか、――ドキドキする。
こっちに殺気をこもった目線で見てくるサキスのせいで。
ストーカーかよ。
「スキルの影響だよ」
早く離れてほしいから、舌が恐ろしいほどによく回る。
「確か、熱吸収だったっけ。
でも、それと少食になったのは関係ないんじゃないの?」
「ふっふっふ、甘いな」
俺の能力の原理は太陽光発電だ。
周囲の熱を吸収して、自分の力に変える。
ソーラーパネルだと電力に、俺の場合は熱量に。
という説明を、太陽光発電のところをぼかして説明する。
前世知識なんて、こいつらにはわかんないだろうしな。
「なんというか、地味」
これだけ丁寧に説明してやったに、感想がそれかよ。
「いやいやいや、めちゃくちゃ便利だろ、この能力!」
ネトラの痛烈な評価に俺は反論する。
「熱いところでも問題なく動けるし、短時間なら炎もへっちゃら。
氷も作れるし、火起こしもできる。
なんといっても、食費が半分くらいになった」
「それってさぁ、あんたがただ単にやせ我慢してるだけじゃないの」
「それは外部の力を取り込んで……」
「ごめん、やっぱり僕も地味だと思う」
俺のスキルのセールスポイントを熱く語ったのだが、弟にさえ痛烈な評価を下された。
はいはい、俺のスキルは地味ですよっだ。
「でも、病気ではないんだね、よかった」
心配していたことは嘘偽りがないらしい。
優しい微笑みを見ていると、どうしてだろう。
胸がドキドキする。
「ネトラ、兄さんも、近くない」
――ギリギリ、ギリギリギリッ!
気のせいかな。
歯ぎしりの音がここまで聞こえてくるんだけど。
心臓の音が、ドキドキからバクバクに変わる。
そこまで好感度が高いなら、さっさと告白しろよ。
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