第14話噂の天才児
「あれが噂の天才児」
「あの年で、ディオニュソス様に料理の腕を認められるなんて」
「村の誇りだ」
街を歩けば、心地よい賛美の声が響く。
ネットでしか聞こえなかった賞賛が現実で聞こえる。
幸せ!
「魚なんだが」
「もうちょい泥抜きしたほうがよさそうだ。
ディオニュソス様の啓示が美味しくないと教えてくれる」
「おい坊主、このチーズなんだが」
「カビてるよね。保存方法が知りたいの」
「違う違う。
ブール―チーズって知ってるか。
食べられるカビを生やしたチーズだ。
このチーズもカビているけど、食べられるんじゃないかと思ってな」
「食べられないから捨てなよ」
番外の神はふさわしいものに加護を授ける。
ディオニュソス様は酒と宴会の神。
加護を授ける際の評価項目は食糧関係での功績だ。
コンソメの素を普及させたことで、合格点を貰えたらしい。
加護を得てから俺は忙しく働きまわっていた。
力を持てば責任が、責任を持てば仕事を任せられるのが人の世の常。
加護のおかげで、俺は食糧の監督役を任せられることとなった。
その能力こそ、食材を見れば発動する啓示。
酒と宴会の神だからこそ、食材を見れば美味しいかまずいか。
有害か無害か。
包丁を持てば、調理法を直感することもある。
どうしてそうなるのか、俺自身にも説明ができないが、外れたことがないので信頼して入れ禹。
この村で、ディオニュソスの加護を持っているのは俺だけだ。
番外の神の加護とはそれほどまでに珍しい。
いつの間にか俺はこの村の職の最高責任者になっていた。
築き上げた地位を利用して、弟たちの働き口を作り上げることを、とりあえずのゴールに設定している。
「ちょい待ち。
このキノコについてなんだが」
「ああ、それね、これとこれ、あとはこれかな。
毒キノコだ」
キノコ類は本当に見分けが難しい。
俺もコツを知っているのに、間違えそうになったことがある。
今では楽勝だけど。
それこそ、目を閉じていても識別は余裕だ。
「おい、ちょっと待ってくれ。
息子が奇麗だからって持ってきた毒キノコが残ってるぞ」
「それについては毒がないから。心配しなくてもいいよ」
苦言を呈されたけれど、俺の直感がすべて無害だと言っている。
「これが?」
適当な態度に向こうは腹を立てたのか、俺の肩をぐいとつかみ、目の前に話題のキノコを突きつける。
うわ! 真っ赤!
「近所でも、毒キノコとして有名なこれが、本当に食えるって言うんだな」
「神の啓示を信じないとでも、あんたはいうのかよ」
キノコは前世で見た毒テングダケにそっくりだ。
時期によっては毒性が弱まり食えると聞いたことがある。
これも食えるはず。
「食えるんだな。絶対に食えるんだな!」
「も、もちろんだ」
「なら、一緒に食おう」
「え! 普通に嫌だよ」
俺の啓示が間違っていないと、理屈だって説得したら、男の顔がキノコと同じように赤く染まる。
「自分でも安全だと確信できてないもんを、人に食わせようとするんじゃねぇ!」
赤いキノコを俺の顔面にシュート!
超、エキサイティング!
男は、肩を怒らせながら大股で歩いていく。
俺も悪いところあったのは認めるよ、でもさ、勝手に頼ってきて突然切れるのはひどくない。
「うむ、今日も励んでいるようだ」
こいつ、今のやり取りを覗いてやがったな。
笑いをかみ殺しながら、おばばが話しかけてくる。
俺をオークから助けて9年。
腰は曲がり、顔もしわだらけだというのに、声が持つ力強さはみじんも衰えてはいない。
「それでどうなんだ。そのキノコはほんとうに食べられるのか」
「俺の直感だと食べられる。
でも、飢え死に前でもなければ食べたいとは思わないよ」
突然変異。
例外。
偶然。
偶発的に毒が弱いだけの可能性もある。
この時期だけは大丈夫だと証明するよりは、そもそも食べられないとした方がいくらか有益だろう。
「一つ提案があるのだが……」
ここで出会ったのは偶然ではなくおばばが俺を探していたからか。
ダメだ。考えても心当たりがない。
「な、何の用だ」
相手は目上の人物で、命の恩人。
悪い人ではないのだが、話が長いし、時々面倒な仕事を任せられる。
わざわざ俺を探して話しかけたのだ。
きっとまた、厄介な要件を持ってきたに違いない。
俺は態度にこそ出さないが、内心で身構える。
「ディオニュソス様の加護を授かったのは、この村ではお前さんだけだ。
だから、よりその力を使えるように修行してみてはどうだ」
「修行?
魔法の使い方を教えてくれるんだな。あるいは最近目覚めたスキルの特訓?」
「魔法は成人してからだ。年が明けたら教えてやるから、スキル鍛錬も我慢しな」
え! 修行っていうから、魔法かスキルだと思ったのに。
「でも、修行っていったい何を」
「簡単ださ……「祭儀だね」
さから始まるなら、それ以外ないだろう。
おばばは神官だ。
そういう方面に関しては専門家といえる。
「いやぁ、神の加護を使いこなすための修行だよね。
滝浴び、瞑想。
修行編はお約束だから、どんな修行だってやるよ」
修行に関しては、地味で人気が出ないそうだが、俺は大好きだ。
友情、努力、勝利!
このハーモニーこそが最高だって、分かるんだね。
「あ~、酒作りをやってほしいんだ」
「は!」
鍛錬方法が想像とは違った。
というか、酒作りと神の力の習得の間にどんなつながりがあるんだ。
「それって、金目的じゃない」
疑いの目を向けた俺の頭に杖が振り下ろされた。
「ディオニュソス様は酒宴の神。
修行というか、加護を獲得するための正規ルートは酒職人として経験を積むことなんだ」
なるほど、特殊ルートで加護を得た俺に正規ルートをやらせるってことか。
試行錯誤しているうちに、神の力の使い方を教え込もうというわけだ。
つまり、酒造はディオニュソスの修行の正規ルートというわけか。
「それだったら、サキスが山ブドウの群生地見つけたらしいの。
一緒に行ってみない」
「え! 二人で行こうって約束したはずだけど」
今日はやけに乱入者が多いな。
どこかで、俺の話を聞いていたネトラとサキスがやって来た。
いつも一緒にいるよな、こいつら。
ああ、そういうことか。と、思わずにんまりとしてしまう。
これって、もしかしてそういうこと。
ネトラについてはなびいている様子はないけど、サキスのやつ。
俺が知らない間に色気好きやがって。
「なるほどね。都合よく材料が調達できたようだね」
「なら、俺たち二人で山ブドウを取ってくる。
酒を造るだけなら、材料採取する必要ないし」
おばばの意見をサキスがやんわりと方向展開する。
目的は二人っきりのデートか。
「そうだ!
もうすぐお前さんらの成人式だ。
その時にふるまう酒を造ってみればどうだ」
「山ブドウは僕とネトラで取ってくる。
兄さんは酒作りの準備をしてほしいんだけど」
おばば、気がついて。
もの言いたげにサキスの指がぴくぴく動いてるから。
「でも、人数分だぞ。
今年成人するのは12人もいるじゃないの。1回の採取でそれだけ取ってくるのはきついぞ」
すごい。
指の動きが早送りに。
「そうそう、あんたら3人で行きな。
山のほうに行くんだろ。
もしものことがあるかもしれないしね」
その一言がとどめになった。
サキスの拳がぎゅっと握られる。
こうして、俺はデートのお邪魔虫になった。
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