第16話ウサギ狩り

「太陽もだいぶ傾いてきたようだな」


 どん詰まり状況を変えたくて、俺は強引に話題を逸らした。

 昼食時は小さかった影が、今では横に広がっている。


「もう、全員分を籠の中にいれれば満杯になるよな」


 と、俺は自分が取った分をいれる。

 サキスもネトラも、自分の持ち場へと山ブドウをとりに行った。


 話題逸らしのためだったが、時間、タイミング。

 どちらもドンピシャだったらしい。

 3杯目の籠は俺の分だけでも7割くらい埋まった。


 あとは二人が俺と同じくらいの量を持ってくれば、お使いも終わり。

 帰り支度のために荷物をまとめながら時間を潰していたが……、あいつら帰ってこねぇ。


 何かあったか?


「わぁ、見て見て可愛い!」


 遊んでいただけかよ!


「ケイデスもこっちに来てウサギさんを撫でて見なさい」


 まったく……。


「ほ~れ、ほ~れ」


 ネトラはウサギの鼻先にブドウを差しだしている。

 それをフリフリするも、まったく反応なし。

 ただ、じっとネトラのほうを見つめている。


 美少女と、ウサギ。

 この組み合わせはなんかいいな。

 写真をSNSにあげればバズリそう。

 最初のうちは暢気に構えていたのだが……。


 ――あのウサギ、何か変。


 野生動物、それも警戒心が強い野ウサギがどうして逃げださないんだ。

 可愛いし、昔餌付けした人間がいた可能性もある。

 だとしたら、ブドウに遠慮なく食いつくはずなのに無反応。


 可愛らしいお目めで見つめている先がブドウではなくネトラ。正確にはその首筋だった。



「もう、落ち着いてよ。ほら、足をはねないで」


 トントンと、ウサギは小刻みに後ろ脚を震わせる。

 ネトラはその動きを逃走の準備と考えているようだが……。



 ――違う!

 ファンタジー世界のことを知りたくて、おばばを四六時中質問漬けにしたからわかる。

 あれはただのウサギじゃない!


 果物に興味を示さない、独特のステップ、首筋への視線。

 これだけのヒントがあればわかる。

 そいつは首切りウサギ『ヴォーパルバニー』だ!



「逃げろおおおぉぉぉ!」


 大声で警告するも……。


「この子を驚かせないで」


 ネトラはこっちに向き直ると、両手を広げた。

 まるで、通せんぼでもするかのように。

 それだけならよかったのに、


「どうしたんだ、兄さん」


 俺のただならぬ雰囲気に、ウサギと遊んでいるネトラをじっと眺めていたサキスが反応した。


 クソッ!

 ミスった。


 呼びかけのせいで、2人は首狩りウサギに無防備に背中をさらしている。

 本格的にまずい。



 この状況を打開するために、俺は全力で2人のもとに向かう。


 何か武器になるものはと、落ちていた木の枝を拾って。

 これで、飛び掛かってきたウサギを弾き飛ばせればと思うのだが、間に合うのか?



「そいつはただのウサギじゃない! ヴォーパルバニーなんだ!」


「あんたこの子に乱暴するつもりだね。

 前から食い意地が張っているとは思っていたけど、こんなかわいい子を食べようとするなんて。

 そんな残酷なこと、許さないんだぞ」


 こいつ! 俺の話を信じてないな。


「違う、食材になりかけているのはお前だ!」


「はぁ?」


 真実とは時として残酷だ。

 可愛らしい生き物が、実は自分の命を狙っていたなんて信じたくないよな。


 一方で、サキスは俺の言葉を信じたのだろう。

 慌てて首狩りウサギの方へ向き直り、手で首筋を守る。


 それがいけなかったのだろう。

 野生動物の前で大きな動き。

 首狩りウサギの警戒心を引き上げ、視線がサキスの方へと引き寄せられる。


 今まさに飛び掛かりそうだ。

 俺の位置からではもう間に合わない。


 ――せめて、そう、せめて。

 

 弟を見殺しにはできない。

 無駄になる可能性が高いのは承知だが、藁にもすがる思いで、手に持った、いい感じの棒を投げつけた。



 首狩りウサギの足には空気の渦、あるいは力場というべきか。

 力が集まり、景色をゆがめていた。


 同じく魔力を扱うからこそ分かってしまう。

 これだけのエネルギー量だ。

 人の首程度簡単に切断すると。

 俺の投げた木の枝など、障害にもならないと。



「ちょっと、木の枝はずれてるんだけど!」


 サキス。これが遺言になるかもしれないんだぞ。

 それでいいのか。


 ようやく状況を理解したのだろう。俺の方を向いているネトラの表情が絶望に染まる。

 きっと、サキスもそれは同様だろう。


 コンマ数秒後には、サキスの首がはねられるかもしれないのだ。


 頼みの綱のいい感じの棒はあらぬ方向に向かっていく。

 俺たちだれもが首狩りウサギを止める手段を持っていない。



「だが、これでいい。全て狙い通りだ」


 これからのことを考え、俺はさらにペースを上げた。



 俺たち3人に首切リウサギを止める手段はない。


 しかし、訪れるであろう斬撃を止められる存在はいる。


 ――首切りウサギ自身だ。



 そして運命は……。


「うおりゃあああぁぁぁ!!」


 木の根っこ。

 小さな穴に首切りウサギは頭を突っ込んで身を隠した。


 隠れ家に、俺はスライディングの要領で飛び掛かる。

 そのまま、力ずくで押し倒し首をへし折る。


 そう、運命は俺たちに微笑んだ。



「こわがった、こわがったよぉ」


 ネトラが勢い良く、俺に抱きついてくる。

 むにゅっと育ち始めた青い果実が押し付けられる感触。正直たまらん。


「凄すぎるよ、兄さん。

 本当に、本当に助かった」


 サキスの方も気が抜けたのか地面にへたり込んでいた。


「その、ウサギを止めるのにどんな手を使ったのか気になるんだけど」


「ラビット・スティックだ。

 木の枝を勢いよく回転させて投げると、その風切り音を天敵である鳥の羽ばたきだとウサギは勘違いして、隠れるんだ」


 弟の質問に、次使う機会があるかもしれないので、いい感じの棒を見せつけてやる。


「正直、専用の道具でもないし。

 こいつらが強力な魔物だから効果があるかどうかが分からなかったけど」


 しかし、結果としては俺たちは何事もなく生きている。

 想定以上の成功だ。




「で、これからどうするべきかは分かるよな」


 首狩りウサギ事件もあったせいで、遅くなった。


 山道を早歩きで下りながら、これからについて話し合う。


「当たり前だ、そんなの簡単すぎる」


「なら、せ~ので言おうじゃないの」


「「「せ~の」」」


「「ウサギ狩りじゃぁ!!」」


「帰宅して飯作り」


 テンション高く叫ぶ俺とネトラ。

 ぼそぼそとした声で、見当はずれなことを言うサキス。

 見事に、2つのグループに分かれた。


「いや、お前ら血の気が多すぎる。

 さっき、死にそうな目にあったのにまたウサギにチャレンジするとか……」


 白い目で見られることに耐えきれなくなったのだろう。

 サキスが反論。


「まったく、サキスはほんとうにダメダメだね」


「今のお前は本物のばぁーかだ」


「まさかの全否定!」


 俺たちは黙ってうなずきあう。

 

 サキスの気持ちはわかる。

 前世だと肯定してただろうし。

 でも、この世界では間違っている。


「聞きました、ここにいる影が薄そうな少年の戯言を」


 と、ネトラが耳元で囁いてくる。

 サキスに聞こえるようにしているのはわざとだろう。


「ああ、ここまでの間抜けだとは……。正直俺も思わなかった」


 関係ないけど、最近ボディータッチの回数多くない。

 もしかして、わざと。


「何をどう考えてもおかしいのはお前らだけど。

 これだけ大変な目にあったんだ。今日他に何かするのは危険すぎる」


「「はぁ」」


 俺たちは本気でサキスにあきれ果てる。


「村長、おばばに首切りウサギが出たって知らせないと。

 こいつら、群れで動くことがあるし、他の個体がいないか皆で捜索しないといけないだろ」


「あっ!」


 ようやく、俺が何を言いたいのか察したのだろう。


「さぁ、俺たちが取るべき行動は?」


「「「ウサギ狩りじゃぁ!!!」」」


 こうして、俺たち3人の声は重なった。

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