第12話孤児院
――ギイイイィィィッ!
長い年月使い込まれ、黒く変色した扉は侵入者を感知する警報器だった。
そこに標識代わりに記載されているのは竃の紋章。
それは女神ヘスティアのシンボルだ。
この女神さまは家庭の守護神であり、孤児の守り手でもある。
俺の家が消えると、薄情なリース一家は隣町に引っ越した。
彼女らの親戚を頼ってのことである。
その時。
俺を連れていくのかどうかで、もめにもめたそうだが、自分で家を燃やし尽くしたのに向こうは契約無効を訴えた。
おばばも、家が燃えたのはオークのせいという可能性を捨てられないと判断した。
故に俺は、無一文でこの孤児院に放り込まれたのだ。
初めは新入りだった俺も、来年で成人を迎える14歳。
成人すればここから巣立つので、いつの間にか最年長になっていた。
そのせいもあってか、ここでは皆が俺を兄と呼ぶ。
同い年であるサキスもだ。
それだけ、皆から頼られているのだろう。
だから俺には、家事雑事の他にも、この孤児院の運営の仕事があった。
「もう一度、お絵かきはどうだ」
その、運営の仕事をなすべく。
俺は扉の外に立っているであろう、サキスに話しかけた。
「まいった。
自分では分からないんだけど、そんなに僕って匂うかな」
最初、お前が放つニスのせいで、どこにいても居場所がわかる。と、最初は言おうとした。
「どうだろう。
ネトラの親切のおかげで、ちょっとわからない」
だが、手にもっているニスの容器を見て、臭いの発生源がそこかもしれないと思ってしまった。
「こんな強烈なにおいを周囲にまき散らしていたら、みんなに迷惑になる。
ちょっと早いけど、川の方に水浴びに行ってくる」
それでも自分が匂うのは動かしにくい事実。
強烈なにおいを周囲に漂わせてしまったことをサキスは謝罪した。
そして、川がある方角に走っていこうとする。
「ちょっとしたことでもすぐに卑屈になるのやめろよ」
ダッシュで川のほうにいこうとするものだから、俺は猛ダッシュで追いかけその首根っこを掴んだ。
「さっきから、もう一度お絵かきをしてくれって言ってるよな。
風呂に入っても、もう一仕事したらどうせ汚れるから後にしてくれよ」
そういって、おんぼろな壁を数度ノックした。
そろそろニスを塗っていきたいと考えていたのだ。
「え! 普通に嫌なんだけど!」
こんなに苦労して、サキスを捕まえてお願いしたのに、サキスは自分が持つ当然の権利、拒否権を発動してきた。
俺も頼まれたら、似たような反応をするけど、生意気だぞ。
これが反抗期か。
「昼間、楽しそうに家で落書きしていたじゃないか。
もう一度、遊べるんだよ」
「いくら何でも、理不尽すぎる。
それが単なる口車に乗せただけだと。
労働力を確保するための詭弁だと教えてくれたのは兄さんだぞ」
これは俺の教育が悪かったようだ。
弟に、要らぬ知恵を付けさたたせいで反抗されたのだから。
いや、そう考えると教育が良かったのか?
「でもだ、この家の外壁は痛んできてるんだよ。
ほっといても、いつかはしないといけないことだから、やるなら、ニスが手に入った今だよな」
「それは分かるけど、でも、僕だけ働くのはな」
ネトラが頼んだ時は、無理筋でも喜んで協力したというのに……。
「なら、交換条件だ。
こっちが料理やるから、そっちはニスを塗りこんでくれ」
「……。
それならいいけど」
よし、押し付けた。
クックック!
俺が料理することなんていつものことなのに。
サキスはそんな単純なことすら気がついていない。
これが錬金術。
無から有を生み出したぜ。
サキスが、他の子供を連れてもう一仕事行くのを見守ってから、俺も俺で、自分の仕事をするべく、薪を運ぶ。
この家に書かれているシンボルと同じだからか、他の場所よりも掃除が行き届いていた。
猪の骨付き肉
魚のあら
オラニエ(玉ねぎ)
ガリック(ニンニク)
ハーブ
キャロッツ(人参)
ポテス(ジャガイモ)
「本当はもっと多くの食材を使用して、味に深みを出したいんだけどな」
台所に多数の食材を並べていく。
これからスープを作るのだ。
味噌や味の素などの便利な調味料がないのだ。
美味しい出汁を取るためには、使用する材料が多ければ多いほどいいに決まっている。
「それにしても、食材に関しては似たようなものが案外多いんだよな」
これがいわゆる収れん進化という奴か。
あるいは、俺の世界と同じ神々が信仰されていることから、神様が地球にあるものを持ち込んだのではないかとも思う。
だが、食材が似ているということは、前世の知識が使えるという事でもある。
作るのはスープだ。
手軽に作れて、味が良い。
最初に、魚のあらと、猪の骨付き肉をじっくりコトコト煮込んでいく。
アクが出てくればそのたびにお玉ですくう。
それを繰り返し、スープが澄んで来れば小さく刻んだ野菜とハーブを投入。
これで再度沸騰するまで煮込んでいけば、
美味しいスープの出来上がり。
実際に飲んでみても、肉の持つ旨味に、様々な野菜が深みを与えている美味しいスープが完成していた。
でも、問題はここからだ。
人数分。つまり七人前を今日の分として取っておく。
「うをおおおぉぉぉ!」
残り。
骨からそぎ落とした肉、魚、そして煮込んだ野菜をすり鉢に入れ、まぜる、まぜる、まぜる!
これがなかなかの重労働だったりする。
こうしてできたペーストを再度鍋へ。
水分を飛ばし終えたら、それを平らな器の中に。
しばらく、地下で寝かせる。
明日の朝にはこれを天日干しにして乾燥。
こうして出来上がったのが、孤児院名物コンソメの元。
先ほど俺は、料理を作っている際に、調味料がないことを嘆いていた。
ならば、自分で調味料を創り出そうと考えて実行したのがこれである。
鍋に残った搾りかすを、赤い舌でぺろりと舐める。
「うん、悪くない」
欲をいうならば、コショウに醤油、化学調味料をぶち込んでも面白いと思うが、ないものねだりだ。
天秤で測量した細かな材料の配合をああでもない、こうでもないと悩みながら、よりおいしくするにはどうすればいいのか考える。
何せこれは最近じわじわと村の中で評判になってきたのだ。
他人にお渡しする以上、半端なものでは許されない。
前世で、お客様は神様ですと言われた経験がここで生きていた。
「お~い、ケイデス君。コンソメスープの
素くれないかい。
まだあるいと思ったんだけど、切らしちゃってね」
窓の外から、こっちに呼び掛けてくるのは近所のおばちゃんだった。
その手の中には畑で捕れたであろう、たくさんの野菜があった。
この野菜こそが、俺の細々とした営業のたまものだった。
短い時間で質の良い料理を作りたい家庭と、質はどうでもいいからとにかく量を作りたい孤児院。
両者の思いが合致したからか、こうして交換が行われていた。
「それにしても、ここでの暮らし大変でしょ」
「そうでもないですよ」
実際、これは嘘偽りのない本音だった。
孤児院育ち。
実はそれを俺はありがたいと思っていた。
前世では実の両親との関係は俺が一方的に寄生するだけの物だった。
また両親がいたら甘えてしまいそうだ。
それに、前世のことを何も知らない両親の下で、何も知らない子ども振りをするなど堪えられそうもない。
この世界で、守るべき家族ができたことも大きい。
一緒の屋根の下。
互いを尊重し、助け合う。
俺は彼らを食わせるために頭と手を動かし、そんな俺を。
前世でダメだった俺をみんなが兄と呼んでくれる。
生活自体はまだまだ貧しいが、それでも心は満たされていた。
「俺は今の生活をそれなりに気に入ってるんで」
と、宣言したのは強がりなどではなく、まごうことなき本心だ。
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