第11話詐欺
オークの襲撃から9年。
あの日。
多くの建物が壊された。
しかし、人間というのは想像よりもずっとたくましい。
もはや使い道がないとすら思える廃材、森の木々、山からとれる粘土。
それらを使い、壊れたものを修復、発展させていく。
もちろん、すべてが順風満杯というわけではない。
4度モンスター襲撃があった。
1度疫病騒ぎがあった。
2度洪水に見舞われた。
これだけではない。
多くの悲劇が繰り返される。
しかし、その度に人は抗い、村はより大きく頑丈になっていく。
そのかいもあってか、人が集まり、建設の手は止まることがない。
改めて、人間て凄いと思った。
その援助をするべく、俺は荷車をゆっくりと引いていく。
魔力に目覚めたあの日から、毎日欠かさず鍛錬を繰り返した。
魔力を遣えば持久力のヘリは早くなるが、筋力は増す。
年齢もあって、身体はまだまだ細いが、村の怪力自慢にも力で負けるつもりはない。
実際、これほどの大荷物。村で運べるのは俺くらいだろう。
「フフフッフ♪ フフフッフ♪」
届け先で、顔なじみが楽しそうに歌いながら作業していた。
その人物こそ、俺がオークからかばった少女ネトラだ。
昔は、男の子みたいに短かった髪もずいぶん伸び、そのなめらかな茶髪を後ろでお団子にしている。
背も高くなり、胸にも成長の兆しが見え。
今にも花開かんとするつぼみのような少女だった。
というか、あのちんちくりんが、今では村一番の美少女か。
ほんと、子どもの成長とは速いものだな。
と、前世の経験もあってか、気がつけば俺は親目線になっていた。
そんな美少女の周りには当然人が集まる。
というか、いったい何をしてるんだろう。
「じゃじゃん! これがお馬さん」
馬、あれが! おばけじゃなくて?
というか、壁の塗装作業中にいったい何をやってるんだ?
「あんたらもやってみなさい。
ニスなら直ぐ透明になる。
書いた後に塗りつぶさせばお絵かきしてもばれないんだぞ」
集めた面子に提案すれば、
「「「おお!」」」
皆の瞳がキラキラ輝く。
俺は数日前のことを思い出していた。
拾い集めた、大量の松脂。
それを3日間、かわるがわる煮たてた。
できた塊を、亜麻からとった油を入れ再度加熱。
こうして、ニス。
つまり、落ちにくい油の膜が出来上がるのである。
木材は劣化が早い。
雨に濡れれば腐るし、日光にさらされれば痛む。
防止策として、ニスを塗りつけ補強するのだ。
手入れをすれば、家は10年かそこらの短い時間ではなく、世代を超え人々の暮らしを支えていく。
その支えてくれるはずだった家を、俺はなくしたんだけどな。
「さあ、好きにお絵かきしていいのよ。ただし、描き終えたらちゃんと塗りつぶすんだぞ!」
ネトラは可愛らしくウインク。
俺は内心で、それ詐欺じゃんと思った。
指摘したいが、恨まれても面倒なので何もしないけど。
ただ、騙されこき使われる哀れな犠牲者を視界の端で見ながら、自分の仕事だけをする。
追加の二スと家具をその場に置く。
これを家の中にしまってくれとお願いする。
これで、午前の仕事は終わりと手で汗をぬぐう。
さあ、帰るぞ。
と、体を180度反転させたところで、ある人物を見つけ俺の進行方向はぐにゃりと傾いた。
「お前、ネトラに言いように乗せられてるぞ」
血はつながっていないが、一緒の孤児院に住む弟だ。
黙って見過ごすわけにもいかない。
と、前髪で目元を隠した少年。
サキスの瞳を正面から見つめ、諭す。
「兄さん。幾らなんでも即急すぎる。
みんなで遊んでるのに、どうして口を出すんだ」
「お前の目は節穴か?
見て見ろよ。あの計算高い腹黒女を。
塗装がめんどくさいから村の子供を巻き込んだだけだぞ」
と、寝そべるネトラを俺は指さした。
「楽しい遊びは単なる建前だ。
ただ労働力が欲しいだけなんだよ」
「そこに気がつくとはケイデスお兄様は流石なの。
お姉ちゃん、『楽しそうにペイントすれば馬鹿なガキどもが勝手に作業を進めてくれるはずだから、あんたは暇そうなガキをかき集めるんだぞ』て言ってました」
「え! ナトラちゃん。いつからそこに」
「私はいつもケイデスお兄様の近くにいるのです」
「そ、そうか」
危ない発言をしたのは、今、サボっているネトラをそのまま小さくしたような少女。
それもそのはず、この少女ナトラはネトラの妹なのだから。
だから、姉の計画を暴露できるわけで。
というか……。あいつ、前々から腹黒だと思っていたが、ここまでどす黒いものを内に抱えているのか。
「まいった、ネトラちゃん。裏でこんな思惑があるのか」
弟よ分かってくれたか。
「ちょっと! 風評被害が起きたらどうするの。陰口禁止!」
秘密のつもりだったが、どうにも興奮しすぎたらしい。
話はネトラにも聞こえていたらしく、プンスカと肩をいからせながら、ずんずんとこちらに歩いてくる。
「え、もしかしてこれって僕たちをこき使うために」
「そういえば、ネトラ姉ちゃんは一切働いてない」
「あ、そういえばそうだ」
背後から響く、純粋無垢な疑問。
せっかくの仕込みを崩壊されたからか、ネトラの表情はまるで阿修羅のごとし。
「信じて、私はみんなと遊びたいだけなの。
今回だって、楽しみながら家事手伝いができる方法を提案したんだぞ。
みんなも喜んでたじゃないの、実際に楽しかったでしょ」
但し、声は聖女そのものだった。
すごい! 一体どうすればこの顔でこの声を出せるんだ。
女って、怖い。
「そうだよね」
「なんだ、一瞬騙されたと思った」
「でも、それだとネトラ姉ちゃんが後ろで見てたことに説明突かなくないか」
「出来が良いか悪いかを見るためだぞ。
悪い出来なら、直ぐに消してやるつもりだったの」
意味深な言葉。
その裏の意図を俺は見誤ることはない。
つまり、お前ら悪い子はさっさと消えろ。消えないなら、実力行使に出るぞということだ。
女って、怖い!
「そういうことなら」
俺はニスの刷毛を手に取った。
そして、ネトラが描いた馬のようなものを消した。
「お前が描いたのは最初から落第点だ」
「そこまでひどかった?」
俺の挑発に、ネトラの額には青筋が浮かんでいた。
でも、声と表情はどうにか取り繕っている。
この表情と声色のギャップ。
それがいつまでもつのだろう。
試してみたいという欲求が生まれていた。
俺としてはあと一歩で崩壊すると思うのだが、果たして……。
「ニスが余ったら、適当にちょろまかして献上するから」
と、コソコソネトラが俺に提案してきた。
「そんな卑劣な真似を」
くっ、俺はこの程度の誘惑には決して屈さない。
物語に登場する女騎士のように、屈辱に満ちた視線でネトラを睨みつける。
「こういった、からめ手は嫌い」
「大好きだよ」
でもごめん。背に腹は代えられないんだ。
気がつけば、俺たちは熱い拍手を交わした。
「その手のひら返しの速さ。
流石なの」
事の始まりから終わりまで見届けていたナトラちゃんの一言。
そういったことは分かっていても話さないほうがいいんだよ。
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