第3章 第5話「兆しの空」


焼津基地の管制塔上空に、重い雲が垂れ込めていた。

その下で、司令部は異常なほどの静寂に包まれていた。


「……ついに来たか」

総士が、通信ログを睨みながら呟く。


北海道での介入作戦――

スレッドゼロが武力で両軍の衝突を止めたあの戦闘以降、沈黙を保っていたロシア政府が、ついに動いたのだ。


「先方からの声明、“日本の不正規部隊による侵略行為への報復を開始する”。名指しでスレッドゼロに指名が入っている」

諏訪部静馬が資料をテーブルに叩きつける。


「全面戦争ってわけか」

裕太の声に、誰も冗談で返す者はいなかった。


「今回の相手は正規軍。それも、戦術核使用の示唆まである。おそらく、交渉の余地はない」

静馬の目は鋭くなっていた。


「戦争の“幕”が上がったってことだな」

綾杜が椅子から立ち上がる。


そのとき、技術班が駆け込んできた。


「総士、ZAINとNOESIS、SYLPHIDに緊急OSアップデート。ロシア機との接近戦を前提としたデータ構築が必要です」


「じゃあ俺たちは機体整備だな。急ごう」

赤沼梓が頷き、整備班を引き連れて出て行く。


「これまでみたいな“介入”じゃ通用しない」

佑真が小さく呟いた。


「俺たちが“敵視”されてる。今回は最初から“戦争”だ」


総士が背を向けたまま言う。


「俺たちはまだ小さな組織だ。だが、だからこそできる戦い方がある」


「ロシアの前線、どこに向かう?」

綾杜が聞く。


静馬が淡々と答える。


「サハリン。そこが初戦地だ。ロシア軍の強襲揚陸部隊が、既に動き始めている」


その名を聞いた瞬間、空気が一段と冷えた。


サハリン――日本に最も近い“本土側の戦場”。


ここから、戦争は本物になる。

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