【太陽と月の巡礼】

彼の地はまるで天空にあるかのように


どこまでも透明な湖面は空を映した


太陽の生まれしその島


象徴的な大きな岩はティティ・カルカと呼ばれた。


太陽の伝承が語り継がれる。

世界を照らすことを志し

愛する月の妻を残し旅立つことを決意した


それが太陽が廻るようになった起源である。



その物語は訪れる巡礼者を鼓舞し、世界を変える一人である勇気を与えて来たことだろう。



幾千年も前に紡がれた言葉を話す者も今は一人もおらず

歴史の書物の多くは時の権力者により焼き払われてしまった。

かつて黄金で装飾された祭壇も、全ては取り攫われてしまった。


しかし口伝えにその伝承は語り継がれ

今尚シャーマニズムの残るその地に確かに息づいていた。

焼かれることを免れたわずかな書物を大切に、今日も密やかにそして熱心に読み継がれてきた。


丘から湖への傾斜は石造りの遺跡が残っていた。


いくらか回廊や壁は残されているもののその多くは崩れ去っていた。

しかしその痕跡からおそらく50以上もの部屋があり、想像するにそれはまるで迷宮であった。


迷路のような石組みを湖畔へ下ると石組みに護られた湧水があった。


金銀が眠る地中よりいづる泉には治癒と浄化、困難な病気を癒すと伝えられていた。


シャーマーンによってのみ水を汲むことが許されており

その汲んだ水を手に受け、頭から足元にかけて2度身を清めるのだという。


不思議なことにシャーマーンが水を汲む際私の意識と視界が冴えるのを感じた。


2回行う理由は


父と母、太陽と月の為に。


禊ぎを行う事で肉体、精神、魂が浄化され、不必要になったエネルギーは大地から地球の核部分へと還元されてゆく。


その島の伝承によれば地下世界への入り口があり、

その洞窟はいくつもの場所への通じるものだった。

その遺跡の名称は迷宮という意味に由来し、それこそ様々な世界への通り道だったという。



しかしある冒険者がその洞窟へ探索の為に足を踏み入れると、著しく体調を崩し死に物狂いで帰還したという。


たった10メートルほどしか進まなかったにも関わらず。


その後地元の複数のシャーマーンによってなんとか救済され


好奇心から危険な目に遭うのを避けるために今ではその洞窟は埋め立てられてしまった。


様々な世界へつなぐ通り道であると同時に

物質界のconexiónを感じる場でもあった。


丘の頂上付近には石造りの祭壇と13の席が鎮座している。

複数の旧文明の時代より聖なる祭壇として様々な儀式が執り行われてきた場所である。


13の石の席は太陰暦の13月に因み13人の巫女や神官により儀式をしたのだという。


中央の祭壇に聖なる泉の水を注ぎ、その水鏡に天体を写し観察するなど天文学の研究も行われていた。


ある時代には生きたままの動物を供物として祭壇に捧げ、その心臓を動いたまま巫女が取り出す儀式を行う事でその年の吉凶を占ったのだとか。


地下世界への入り口が物質界のconexiónとするならばこの祭壇は非物質界との繋がりを感じる、どちらも神聖な荘厳さがあった。


丘の上でセレモニアは執り行われた。


旧文明の時代より代々土地に住む彼は、祖父、曽祖父、高祖父、と、語り継がれてきた伝承を守り続け

この地で漁師と現地ガイドを営みながら各地を巡るうちに


自然界と繋がりを持ち、数少ない残された書物を読み、

導かれるようにしてシャーマーンとなって行った。


シャーマーンが手に取った4枚のコカの葉は火、水、風、地のエレメントをあらわし、


天界ウィラコチャ地上パチャママ地下世界マンカパチャの三層世界と繋ぐ祈りの言葉を詠唱した。


供物として動物ではなく手作りの御守りのようなものが揃えられていた。

そこにはわかりやすいイラストで家内安全や商売繁盛など仕事運、金運、無病息災などの意味が込められているのが伝わる。


それらにおそらくトウモロコシで作られたアルコールを振りかけながら祈りの言葉を語りかけ参加者の名前を読み上げてゆく。


丘の上で神聖な時間が流れてゆく。


これは同席した私の親友に後から聞いた話だが、儀式の際シャーマーンの彼は一筋の涙を流していたのだという。

一番近くにいた為気がついたそうだ。後になって彼に理由を尋ねると慈愛に満ちて感極まったのだと云う。


実を云うと誰にも気づかれなかったがこの時私も自然と涙が流れていたのだ。


他の参加者も後から聞く話では同じような体験をしていた。


特別悲しいとか興奮するような感動は無かったが、ただ慈悲深く溢れ出すような体験であったことは確かだ。


祈りの言葉が一頻り終わると、儀式の為に用意された焚き火に供物がくべられた。


お焚き上げのようなものだろうか。


パチパチと心地よいはぜる音を聞きながら燃え盛る炎を眺めていたら、ちょうど太陽の生まれた岩ティティ・カルカから朝日が差し込み、反対側の祭壇を明るく照らし始めていた。


今日の世界の多くに失われた、とても原初的でそれでいてとても大切な体験を私はしているのだろう。


有形無形の、命が繋ぐ財産のように感じた。


親愛なるフランコ。


そしてあなたに繋がるすべての存在を祝福します。


文明は移り変わり支配下に置かれてなお受け継がれる伝承の守護者よ。


そして、かつてこの地を訪れた、これから訪れるであろう人々、また訪れることが叶わなかった人々にも。


太陽と月の営みが行われる美しいこの世界に感謝し、祝福します。


太陽の決意、次はあなたの番かもしれないのだから。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

毎日 21:00 予定は変更される可能性があります

名もなき英雄たちの詩 蓮池 ROSE @R0SE_on_L0TUS-pond

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る