手の幽霊

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手の幽霊

 己の心をひどく苛む記憶や思考に意識を搦めとられるとき、私は頭の中で手を切り落とす。手はすっぱりとピアノ線で切ったように取れて姿を消す。血は流れないし傷口も見えない。手が消えると私の頭の中を渦巻く苦悩も消える。こうして私は精神の均衡を保っている。なので部屋の隅を白い手が歩いているのを見つけたとき、頭の中で切り落とした手が戻ってきたのだとすぐに分かった。

 そいつが最初に現れたのは、私が頭の中で手を切り落として落ち着きを取り戻し、夕食を準備しているときだった。テーブルの前に座ってご飯をよそっていると視界の端で何かが動いていた。私はよく物の見間違いをしたり幻覚を見ることもあるので、そのときも勘違いだろうと考えた。茶碗に白米を入れ終えて保存容器に残りを入れ始めた時、それは本棚の隅から飛び出した。虫でも出たのかと思い、動く何かのほうに視線を向けると私の手が蜘蛛のように壁を這っていた。あまりの出来事に私はどうしたらいいか分からず、とりあえず保存容器に蓋をして茶碗にラップをかけた。部屋の中に正体不明の生物がいれば食べ物を守ろうとするのは当然の反応だろう。それから私は正座して手首が歩き回るのを十分ほど見守っていた。手は壁の中央付近を行ったり来たりしていたが、やがて意を決したように壁を登り始めた。火災報知器の傍を通り過ぎて壁から天井に移動し、すたすたと歩みを進めていたが白い円の形をした電灯のところでよろけて床に落下した。手はべちんという音を立ててフローリングにぶつかり、ひっくり返ったまま虫のように指をもぞもぞと動かしていた。私の部屋の床には本棚に入りきらなかった本が積まれている。私は手が動けないのをいいことに手を囲うように本を積み上げた。手が出てこられないように蓋には国書刊行会出版のハードカバーを置いた。さらに洗濯カゴを上下逆さまにして本の要塞を覆うように設置した。そこまでして安心した私は茶碗のラップを外して夕食をとった。

 その日は手を監禁したままベッドに横になった。しかし、そんな珍妙な出来事を目の当たりにしてすぐに寝られるはずがない。私は洗濯カゴの奥にいるはずの手について考え始めた。あれは幽霊の手と呼ぶべきか。しかし、持ち主の私は生きている。むしろ切り落とされた手が現世に戻ってきたものだから手の幽霊と呼ぶほうが適切だろう。私の頭の中から具現化したそれは冷たいのか温かいのか、乾いているのか湿っているのか。そもそも実体があるのかないのか。手首の切り口はどうなっているのだろう。次から次へと疑問が湧いて出て私の睡眠を阻害した。丑三つ時を過ぎたころ、好奇心に負けた私はベッドサイドの明かりをつけて手の監禁場所まで近づき、洗濯カゴの覆いをとった。本の要塞は一ミリも動いていないように見えた。次に私は国書刊行会のハードカバーを掴むと、手が飛び出してきたときに備えて深呼吸してから一気に蓋を外した。

 そこには何もなかった。私の手はどこからともなく現れ、煙のように消えてしまったのだった。手が出現した痕跡があまりにもなかったために、そのときは全て私の幻覚だったのかと思った。手がいないことが分かるとそれまでむくむくと膨れ上がっていた好奇心は急速に萎んでいき、反比例して眠気がぐんぐんと強まった。そういうわけで私は大人しく床に就いた。

 再び手が現れたのはそれから一週間後くらいのことだ。私は家で仕事の資料をせっせと作っていた。しかし、当時の私は夜うまく寝ることができず昼間は集中力が続かないことが多かった。そして集中が途切れると途端に嫌な出来事の記憶がぬるりと意識に忍び寄るのだ。

「なんでそんなことも分からないんだよ。馬鹿なの?」

 尊敬していた先輩の罵倒がぐるぐると渦巻きだす。そんなときこそ手を切り落とすのが一番だ。私は大きな肉切り包丁で右手をさっくりと切り落とした。手を一度切るだけじゃ意識にまとわりつく記憶は去ってくれない。私は何度も何度も肉切り包丁を振り下ろして手首を切り落とし、蛇のようにとぐろを巻く記憶を断ち切った。そして気分転換にお茶をいれてPCの画面と向き合った。

 仕事を終えて図書館の本を返しに行こうと立ち上がったとき、テーブルの上を白い手が歩いているのが見えた。手はまるで蟹のようにテーブルを横切ろうとしていた。テーブルの端にはボールペンが転がっており、手とボールペンの組み合わせを目にした瞬間、筆記で手と意思疎通をとれるのではないかと思いついた。私は急いで紙とボールペンを用意して手の前に置いてみた。手はまるで見えない糸で操られているかのようにボールペンをつかむと私よりも綺麗な文字をすらすらと書きはじめた。

「なんでそんなことも分からないんだよ。馬鹿なの?」

 手はこの文言を延々と書き続けていた。私はすぐさま紙を没収して破り捨てた。そして新しい紙を用意すると今度は私のほうから話しかけてみた。

「お前はどこから来た?」

「なんでそんなことも分からないんだよ。馬鹿なの?」

「ちゃんと答えて」

「なんでそんなことも分からないんだよ。馬鹿なの?」

「お前の目的は何?」

「なんでそんなことも分からないんだよ。馬鹿なの?」

「手なら他にできることがあるんじゃないの?願いを叶えるとか」

 手はボールペンを放り投げて歩き去った。そっぽを向いたような態度が機嫌をそこねたときの自分そっくりで私はバツが悪かった。

 どうせまた消えるのだろうと思って私は手を放置して生活を続けた。しかし、シャワーを浴びているとき部屋の方からガシャンとガラスの割れる音が響いてきた。慌てて風呂場を出て部屋の中を覗くと、棚から落ちて砕け散った花瓶と床に飛散した水と花、そしてその場からそそくさと逃げ出そうとする手が目に飛び込んできた。

「このやろう!」

 私は怒りに任せて手に飛びかかり、ひっ捕らえて風呂場に持っていくと洗面台に手を押し付けて蛇口をひねり水責めにした。しばらくして呼吸器官もないものに水を浴びせて何か意味があるのかと気付いたが、手は苦しそうにもがいていたのでなんらかの効果はありそうだった。そうして十分ほど水責めしたところで私の怒りも冷えたので手を解放してやることにした。手は萎れたほうれん草のようにくったりとして洗面台に横たわっていた。初めて手を観察する機会に恵まれたのでその機会を存分に活用し、切り口が羊羹のような質感と色をしていることや実際の私の手と違って産毛がほとんどないことなどを発見した。そして、指先の白いマニキュアが剝げかけているのを見つけると、心身の余裕がないときに自分が爪の手入れを疎かにすることを思い出し、不意に私の心に手への憐憫の情が湧きおこった。私は黒地に黄色の花が刺繡された布で手を丁寧に拭いてやった。それからまだくったりとしている手を布に包んで部屋に戻り、机の上にそっと置いた。手はしばらく布の中で大人しくしていたが、私が夕食をとっていると目の前でボールペンを握り、

「なんでそんなことも分からないんだよ。馬鹿なの?」

 と書き続けた。きっと手はこの記憶に憑りつかれてしまっているのだ。私はますます手が哀れに思えてきた。ところが、手がつづる科白について、最初は見るのも辛かったが何度も書かれるのを見ているうちに言葉の意味がどんどん削げ落ちて抜け殻になっていくような感覚を覚えた。私はその感覚に言いようもない不安を抱き、手からボールペンをもぎ取った。

「お前の言葉はニセモノだ!」私は紙をクシャクシャに丸めた。「私は本当に苦しいんだぞ!」

 手は私の喚きを無視してぴょんぴょんと部屋中を跳ね回りはじめた。威勢をそがれた私は部屋の明かりを消して眠りについた。

 手は翌朝も部屋に居残っていた。もしかしたら前の手は閉じ込めたから消えたのかもしれないと私は推測して、試しに手を捕まえて本の要塞に閉じ込めてみた。その日も仕事があったので朝の支度をすませると私は資料を作り始めてそのまま手のことを忘れてしまった。仕事が一区切りついたときには昼を過ぎていた。お湯を沸かそうとイスから立ち上がって振り返ったときに本の要塞が目に入って手を閉じ込めたことを思い出した。ハードカバーの蓋をとると予想通り、手は跡形もなく消えていた。

 しかし、手と私の関係はこれでは終わらなかった。私がまた白い部屋で手を切り落としたからだ。

「君といる時間は無駄なんだよね」

 私の意識に滑り込んできたのはもう顔も思い出せない昔の恋人の科白だった。気が付くと手が本棚に並んでいる本の背表紙をカサカサと歩いていた。そのまま床に降りてテーブルの足を這い上り置きっぱなしにしていたボールペンをつかむと、手はテーブルを離れて壁によじ登り

「君といる時間は無駄なんだよね」

 と書きはじめた。

「壁はやめろ!」

 私は慌てて手を壁から引きはがしテーブルの上に落とした。手はマニキュアが剝げかけた指をうぞうぞと動かしていた。私は引き出しから新品のノートを取り出して手の前に開いてみせた。手はボールペンを握って猛然と例の科白を書き連ねていった。今の手はこの記憶に憑りつかれているらしい。私は手と意思疎通をとることができるか再び試してみることにした。

「手首よ、私の願いを三つ叶えたまえ」

「君といる時間は無駄なんだよね」

「一つ目。夜、寝られるようにしてください」

「君といる時間は無駄なんだよね」

「二つ目。私を話し上手にしてください。口下手をなおしたいです」

「君といる時間は無駄なんだよね」

「三つ目。私のふくらはぎを細くしてください。イザベル・ユペールみたいに」

 手は私の言葉を聞いているような素振りを少しも見せず同じ科白を書き続けていた。どうやら願いを叶えることはできないらしい。

 次に私はベランダから服を取り込んで手に握らせてみた。もしも畳むことができるのなら手に洗濯物を畳む役目を与えようと思ったのだった。しかし、手はすぐに放して服の下に潜り込んでしまった。この調子では他の家事も任せることはできないだろう。

 今度は手に嫌いな人間の名前を教えた。それから包丁を持たせて玄関前の廊下に置いた。私は玄関のドアを開けると

「さあ、ご主人様の復讐に向かえ!」

 と手に命令した。手は包丁を持ったままピクリとも動かなかった。

「役に立たないやつ。私の手だからかな?」

 私が手の処遇を考えているあいだ、手は居室から寝室のほうへ移動し、気が付くと視界から消えていた。延々と同じ文言を書かれることにも嫌気がさしていたので、手のことはそのまま放置することにした。

 その日の夜、湯舟に浸かっているとバスルームのドアがばんばんと叩かれた。音がした直後は全身が強張って湯の温度が下がったかのような悪寒が背中を走った。しかし手のことを思い出し、浴槽から出てドアを開けた。すぐに骨ばった手が浴室に飛び込んできた。手はタイルの上をぺちゃぺちゃ走っていき浴槽の上の蛇口に居場所を見出した。私は再び湯の中に入って動きを止めた手を観察していた。だが白く汚れた蛇口の上に自分の手が鎮座しているという情景に気分が落ち着かず、不意に蛇口から手を湯舟に叩き落とした。手はぼちゃんと飛沫をあげて浴槽に落ち、水面で暴れて湯をまき散らしていた。しばらくして暴れない方が浮力で浮かんで溺れずにすむことに気が付いたらしく、その後は池に捨てられたボールのようにプカプカと浮かんでいた。

 湯舟から上がった後、私は手を布で拭いて白のマニキュアを塗りなおしてやった。手の人差し指の第一関節あたりにほくろのような黒い跡があった。子どものころに通っていた書道教室で鉛筆の芯が刺さってできた傷だった。

「本当に私の手なんだな」

 結局、書道は小学校を卒業すると同時にやめてしまった。それから私の字は壊滅的に醜くなった。きっと今の私が筆を握っても思うように扱えないだろう。この手は今も習字ができるのだろうか。疑問が頭をよぎったが、あいにく習字道具を持っていなかった。私は書き物の類を集めた筆箱をあさって筆ペンを探り当て、手に持たせてみた。

「せっかくだから自分の言葉を書いてごらんよ」

 手はさらさらと文字を書きはじめた。

「明日も湯舟に浸かりたい」

「お湯を張るのは大変なんだよ」

「蛇口をひねるだけじゃないか」

「その前に掃除しないといけないだろう。それが面倒くさい」

「掃除するだけじゃないか」

「手に私の苦労は分からないだろうな」

「お前にも手の苦労は分かるまい」

「手なんてただ使われるだけじゃないか!」私は反論した。「特にお前なんて私の頭の中で切り落とされるだけの存在だったくせに」

「頭が身体の各部位に命令していると人は皆思い込んでいるが実際は逆だ。考えるより先に手が動いたり、思ってもいないことを口にすることがあるだろう。それは手や口がそれぞれの意志をもって動くからだ。意識や思考というものは人が思っているほど身体を支配していない。むしろ脳こそが肉の牢獄の囚人であり、手がその看守であるとも言える。そもそもお前が手を切り落とすのは手にこそお前の記憶が詰まっているからだ。記憶とは言葉であり言葉は手でつづられる。本当に記憶が宿るのは海馬などではなく手なのだ」

「お前はただ同じ言葉を書くだけだ。そんなのは記憶じゃない」

「私が同じ言葉をつづるのはお前の記憶の在り方を再現しているにすぎない。お前は自分を傷つけた言葉を反芻するがそこからはその言葉が発せられた情景や文脈が抜け落ちている。現にお前は自分のどんな言動が相手にその言葉を発せさせたのか、その言葉を言われた後に自分がどういった反応をしたのか思い出せない。それどころか相手と対峙していたときの天気も場所も覚えていないのだ。記憶の構成要素を削ぎ落して一部の科白だけに固執しているのはお前のほうだ」

 私は淡々と記される文言に反論できず「おしゃべりな手め!」と言って筆ペンと紙を取り上げた。手はヒキガエルのように跳ねてテーブルから降りるとそのままどこかに消えてしまった。

 翌日、私は手に鉛筆を握らせてみた。手は詩を書き始めた。


 手はえれき、

 手はぷらちな、

 手はまぐねしうむのいたみ、

 手は樹心に光り、

 魚に光り、

 墓石に光り、

 手はあきらかに光る、

 …


 萩原朔太郎の詩だった。しかし題名が思い出せなかった。青空文庫を検索して詩の題名が「磨かれたる金属の手」であることを思い出した。それからもう一つの発見もした。

「間違っているじゃないか!」

 三行目の文は「手はまぐねしうむのいたみ」ではなく「手はらうまちずむのいたみ」だった。手が間違えたのは私が間違えて記憶していたからだった。エレキ、プラチナ、と化学的な比喩が続いていたため勘違いしていたのだ。

「なんだよ!?マグネシウムって!」

 手は私の声には答えずに詩を書き続けた。手が筆を進めるたびに自分の記憶に対する自信が揺らいでいき、私は引用された詩の正誤判定に勤しんだ。そして自分の覚え違いの多さに打ちのめされた。私は慰めを求めて手に筆ペンを持たせた。

「物を覚えることが苦手だという自覚はあった。けれども興味関心がある物事に対してもこの体たらくだとは思っていなかった」

「興味関心があると思い込もうとしているだけで実際はどうでもいいのだろう」手の返事は冷酷だった。「お前は詩や小説を読んで真に心を揺さぶられるということがない。文章の良し悪しを見分ける感性もない。要するに向いていないのだ。お前と文学のあいだには地球と太陽以上の隔たりがある」

「うるさい!私の手なら少しは私を励ましてみろ!」

「そういうお前は人を慰めたことなんて一度もないだろう。自分だけ甘えようなんて都合がよすぎる。そもそも人を慰めたことのない人間の手が慰労の言葉をつづるわけがない。お前がいつも心無い言葉をかけられるのはお前自身が心無い人間だからだ」

 なぜ私は自分の手に説教されているのだろうか。自分の身に起こっていることが馬鹿らしく思えてきた。その一方で手のつづる説教はどこか既視感のようなものがあった。昔シオランの本を読んだとき、自分の考えていることが全て書かれていると胸騒ぎを覚えたことがある。手の言葉を読むときも同じような感覚になった。そのため、手の言葉は自分の一番弱いところをナイフで突き刺していったが、不思議と怒りはわかなかった。むしろ、突き刺された痛みすらどこか爽快さがあった。

 私はテーブルに紙とボールペンと筆ペンと鉛筆を並べるようになった。手は三つの書き物から無作為に一つを選び、私にかけられた罵倒や私が覚え違いをしている詩、そして手自身の言葉をつづっていった。私は不愉快な気分が這いよってくると、手がつづった言葉を読むようになっていた。手を切り落とすことはめっきり減った。一度、気まぐれに試してみたがピアノ線も肉切り包丁も関節のところで引っかかり、無暗に血が噴き出るだけで、上手く断ち切ることができなかった。

 ある日、私は買い物をしに電車に乗った。車両の中は人がまばらに座っていて、私は手前の座席の端に腰をおろした。英会話やビジネス書の広告を読んで、車窓の外を流れる町の風景をぼんやりと眺めていた。目的地に着くと電車を降りて駅前のショッピングモールに向かった。歩道を歩いている途中で財布の中身を確認しようとバッグを開けると、白い手が飛び出してきた。

「あっ」

 瞬く間に手は歩道脇の茂みの中に姿を消した。私はしゃがみこんで茂みの中を確認したがどこにも見つからなかった。通りがかった女性に「大丈夫ですか」と声をかけられてしぶしぶ私は立ち上がった。頬をなでる風が妙に冷たく感じられた。私は腕に生えている本物の手に目をやった。黒い毛が生えて、細かい傷跡があって、青い静脈が浮き出ていて、少し骨ばった手だ。私の意志通りに閉じたり開いたりすることのできる手だ。あの生意気で弁達者で産毛のない白い手はもういないのだ。

 それから手の幽霊が現れることはなかった。ただ、手の幽霊が言葉を綴った紙は今でも手元に残してある。

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