「人はなぜ物語を求め、生み出し続けるのか」
本作は、創作論や評価システムに疲弊したすべての書き手・読み手に寄り添う極上のエッセイです。
王道シリーズが愛される理由から、AI時代の創作のゆくえ、不審の停止や内声(脳内ボイス)といった創作の心理構造まで、著者はユーモア溢れる語り口で軽やかに解き明かしていきます。
自らを「弱虫」と称し、自己啓発的なノウハウ主義をユーモラスに斜めから捉えつつも、その眼差しは一貫して優しく、深い洞察に満ちています。
数字や評価という「外側の価値」に晒される現代において、著者が辿り着くのは「物語は受け手の記憶や心に届いてこそ完結する」という真理です。
笑いながら読み進めるうちに、救われるような温かさが胸に残ります。物語を愛するすべての人へ、心から推薦したい一作です。
【レビューコンテスト応募】
書き手になってみよう、と創作に挑戦し始めた頃、
「どんな物語が人の心を掴むか」
そんなふうに考えながら、筆を持ったことがありました。
そして、そのような考えのままでは何も浮かんでは来ず、物語は始まりませんでした。
本作を拝読し、その原因がはっきりと分かりました。
「人の心を掴む物語」を書こうとした時には、物語をより客観的に分析するかのような視点に立ちます。
そこで抜け落ちるのは、「自分の心に訴える物語」でした。
自分はどんな物語に心を動かされてきたのか、そして、なぜ物語を書こうと思ったのか、その初心を早くも失っていたのです。
創作する上で大切なことを、教えていただきました。
しかしながら本作は、「忍法帖」として厳しく術を指南する、というものではありません。
豊富な知識と経験によって紡がれているのは、物語論や創作論、言語論に「レビュー」、生成AIに至るまで、作者様の唯一無二の視点からユーモアたっぷりに語る、とびきり楽しいエッセイです!
是非ともご一読下さい!
木山喬鳥先生の『木山忍法帖』は、読むほどに心の奥にさざ波が広がっていくような、不思議な読後感をもたらしてくれる作品です。
懐かしさのなかに滑稽さがあり、笑いの裏にどこかひんやりとした孤独が顔をのぞかせる。誰かに届くことを願いつつも、誰にも届かないかもしれないという現実に向き合う創作の姿を、まるで桜の花びらが舞うように、淡く美しく描いています。
ここには、自分の物語を信じ続けることの尊さと、その果てにある静かな未来の気配が確かに存在しています。派手ではないけれど、じわじわと効いてくる、まるで漢方のようなエッセイ。言葉にできない想いを抱えている人にこそ、そっと読んでほしいです。
いままでいろんなエッセイ、評論を読みましたが、これは奥が深く、とても考えさせられました。基本、自分は、どうも、あまり物事を深く考えて生きていないようで、目からうろこが落ちました。ただ、自分にも「夢」があり、「今だけ金だけ自分だけ」という人間にならないように生きていく、というのが、その、自分の夢です。(変な文章)
「あなたのカクヨムは天国のアカウントですか、地獄のアカウントですか」
………。
僕はこの言葉を聞いて、文学を愛する仲間に会えたことに感謝し、「隣人愛」をポリシー(物事を行う際の基本方針!)としてやっていこうと、再認識し、教えていただいた次第です。ありがとうございました。