第6話
「あんたも照れてんのか。気持ちはわかるけど、俺から目ぇそらしてんじゃねーよ」
「なんで私が照れなきゃなんないのよ」
私が目線をそらしたのは、この呆れるほどにお馬鹿な変態ナルシストのせいで疲れすぎて、視界に入れるのも嫌になったからに決まってるでしょう。
あぁーあ、どっかに転がってないかな。こいつから離れる良い方法。
なーんて。
そんなことばかりを熱心に考え続けていたからだろうか。
不意に足が地面に着いたと感じたのは。
「あ、あれ」
降ろされた……?
思いっきり足踏みしてみると、うん大丈夫。勘違いじゃないわ。
良かった。これで私は晴れて自由の身よ。
よーし、さっさと歩いてお見合いに行かなくては。
って、時間大丈夫かしら。
それにここは一体どこよ。あの駅からだいぶ離れているわよね。目的の喫茶店までどれくらいかかるかしら。
えーっと、地図地図。
確か、鞄にあったはず。
まずは鞄のチャックを開けて‥‥‥
って、あれ。なんで腕が動かせないのかしら。
「ちょっと、人の腕つかまないでよ」
全くもう。強い力でガシッと腕を掴まれてるせいで、鞄のチャックが開けれないじゃないの。
「俺を見ろよ」
私が軽く注意をすると、先程までとは全く異なる苛立ち気味な声が聴こえた。
「な、なんで……」
なんで、どうして。
どうして私が、こんな奴に怯えなくちゃならないのよ。
どうしてこいつは、獲物を狙う鷹のような鋭い目つきで私を見つめてるのよ。
「なんでじゃねーよ、俺を見ろ。そして俺を好きになれ」
「はぁぁ?」
「あんた何言ってんの。どうして私があんたを好きにならないといけないのよ」
「俺があんたに惚れたからだ」
こいつ本当わけがわからない。
言ってることは滅茶苦茶なくせに、こんなにも真剣な眼差しを私に向けるなんて本当に意味不明だわ。
どうしてそんな顔をするのよ。
あまりに苦しそうな顔をするものだから、こっちまで胸が締め付けられるような思いになるじゃないの。
「あんた、正気なの」
「ハッ、正気に決まってる」
苦しそうな笑顔を見せられたって、全くもって信用ならない。
こいつの考えが、全く読めない‥‥‥
「あんた、俺の嫁になれ」
‥‥‥読めなかった、けれど。こいつのそんな一言で、私は漸く理解した。
そっかそっか、そういうことね。
「人のものを盗もうとするほどに生活に困っているんだから、無理もないわ」
「は?」
「私と結婚して、うちの会社と財産を思うがままにしたかったってところかしら」
「おい、一体なんの話だ」
何も惚ける必要ないのに。
ここに来て知らないふりをするなんて笑っちゃうわ。
お婆さんの鞄をほっぽりだして私を抱えて走り出したのは、つまりそういうことでしょう。
「いつから気づいていたのかしら。私が神枝家の一人娘だって」
何も傷つくことじゃない。
だってこんなのはよくあること。
私が神枝家の一人娘だと知って、私を手に入れようとする人は昔からいた。
親友だと思っていた子が実は私の家のおこぼれを求めていただけだったと知ったときにはさすがに涙を流したけれど、今は違う。
こいつはただの赤の他人。気にすることはないじゃない。
大丈夫、大丈夫よ。
私は絶対、大丈夫。
自分を冷静に保とうと、心の中で同じ言葉を繰り返し繰り返し唱えていると、ふいに視界が真っ暗になった。
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