第5話
もう本当にわけがわからないわ。
どうして私を抱えて走る必要があるのよ。
「さっさと降ろしなさいよ」
「それじゃ、お婆さん。鞄は置いてくから許してねー」
ものすごいスピードで走りながらそんなことを呑気な声で叫んだ泥棒。
って、人の話を聞け―!!
それにしても、やっぱりこいつ馬鹿なのかしら。
鞄を置いていったって一度盗んだことに変わりはないんだから、許してもらえるはずないでしょう。
「おい、盗人!」
ほーうら、来た。
先程と同じく、あまりにも大きな声を出すものだから、みんなあのお婆さんに注目してるじゃない。
よーし、その調子よ。
そうしてみんなの注目を集めてくれれば、誰かがきっと、この馬鹿を止めてくれるはず。
「たしかに鞄は受け取った、達者でなー!!」
……良いんかい。
「お婆さんもどうぞご達者でー!!」
なんだこれ。
いったい何の茶番かしら。
ひったくりが盗んだものをほっぽりだして和解してなんか親しげな会話して終わりって。
え、嘘でしょ。何よそれ。
ダメだ、全くわかんない。この人たちの感覚が私と違いすぎて理解できない。
あぁ、頭が痛いな。
すべての元凶はこいつだ。
私をお姫様抱っこしながらハイスピードで駆け抜けているこの泥棒、一体どうしてくれようか。
って、あれ?もう泥棒じゃないのか。
盗ったものは持ち主に返したわけだから、元泥棒?あれ、なにそれ。
ダメだ、さらに頭が痛くなってきたわ。
これ以上頭が痛くなる前に、さっさとこいつから離れないと。
どうすればこいつの魔の手から逃れられるのかしら。
警察に電話しようかしら。こいつに抱えられたままでも、スマホを使えないことはないわ。
って、無駄か。
盗った鞄をそのままお婆さんのもとに返した今、こいつが盗みを働いたという証拠は、もうどこにも残ってないのだから。
あっ。
だけどとりあえず、あのお婆さんとは和解したってことで良いのよね。
「誰も追っかけてこないんだから、走り続ける必要ないんじゃないの」
そうよそうよ、どうして今まで気付かなかったのかしら。
まったくもう。誰にも追われていないのに、何してんのよこのあんぽんたん。
「逃げるためじゃねーよ。これは愛の逃避行だ」
はいぃぃ?
なにこいつ。やっぱり馬鹿なの。え、そーなの?
「あんたが俺の顔を好きになるまで俺はあんたを抱えて走り続けるって、俺は固く誓ったんだよ」
「なに言ってんのよ、変態ナルシスト」
ダメだ。こいつはてんでダメだ。
感覚が違いすぎるどころではない。話が全く通じない。
「やめろよ、天才ナイスガイだなんて。さすがの俺も照れるじゃねーか」
「言ってない」
私は断じて言ってない。
どこをどうすればそう聞こえるのよ。
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