第4話
私をなめてもらっては困るわ。
ずっと昔、まだ私が小学生になって間もない頃。神枝家の一人娘だからといって変な奴らに誘拐された幼いあの日に誓ったんだから。
自分の身は自分で守れるようになろう、と。
あの日。
幸いなことに私は無傷で自分の家に帰れたけれど、一緒に誘拐されていた男の子が私を庇って大怪我をした。
あんなのはもう耐えられない。
非力な自分のせいで他の人が傷つくところなんて、もう一生見たくない。
そんな思いから、自分の身を守れるようになるために、ありとあらゆる武術を身につけてきた私にとって、油断しまくりなひったくり犯を捕まえるのなんて朝飯前よ。
さーてと。
今さっき地面に落ちたばかりの鞄を拾い上げてお婆さんに返したら、この泥棒を警察に連れて行かないとね。
「もう逃げられないわよ」
掴んでいた腕にさらに力を込めて私が囁くと、その泥棒はフッと笑った。
「逃げねーよ」
そう言って笑った泥棒の顔は、すべてを諦めた表情ではなく、まるでなにかを強く決意したかのような顔。
「意外といい顔するんじゃない」
「へぇ、俺の顔好きなんだ」
「はぁ?」
いやいやいやいや、そんなわけ。
「この状況下でなにかを心に誓えるようなその神経の図太さを褒めたわけであって、あんたの顔が好きなわけないでしょう」
「小さな顔に大きな目、そんでもって鼻が高いとかいって結構昔っからいろんな女にモテるんだけど」
「その子たちの目、腐ってるんじゃないの?って、もう!一体何の話してんのよ」
相手のペースに乗せられて全然ちがう話をしてしまうなんて、私としたことが。
「フハッ!あんた最高。」
最悪だ。
どうして私があたふたとしなきゃならないのよ。それでいて泥棒にケラケラ笑われるなんて、ほんと最悪。
「まぁ良いわ。警察行くわよ」
もうどうでも良いわ、細かいことなんて気にしてたら日が暮れてしまうもの。
とりあえずさっさとこいつを警察に突き出そう。そうすればすべて終わるんだから。
「行かねーよ」
「さっき逃げないって言ったじゃない。まさか、さっきの言葉は嘘だったの」
そっか、そういうこと。だから意味不明な話を始めたのね。隙を見て私から逃げるために。
「嘘じゃねーよ。華奢なくせして力強くて、ひったくり犯相手にも物おじしない。そんなあんたからはどれだけ頑張ったって決して逃げおおせないだろ」
あら、よくわかってるじゃないの。
瞬時に物事を見分けられるなんて、褒めてあげてもいいけど……ダメね。
褒めたらこいつはめんどくさいから、絶対に言わないでおこう。
「だったら、一体どうするつもりよ」
私がそう尋ねた瞬間、私の体が宙に浮いた。
否、泥棒の腕に抱えられた。
「こうするんだよ、バーカ」
にいっと笑って走り出した泥棒の腕は2本とも私が掴んでいたはずだったのに、いつの間にか離してしまっていたようだ。
「あんた何すんのよ」
「何って。……抱っこ?」
「どうして私があんたに抱えられなきゃならないのよ」
「良いじゃん良いじゃん。ただの抱っこじゃなくてお姫様抱っこなんだからよ。それに、俺の顔を間近で見てればこの素晴らしさがわかるって」
馬鹿じゃないの。こいつマジで馬鹿じゃないの。
本気であり得ないんだけど。頭わいてるのかって訊きたくなるような台詞吐きながらあり得ないスピードで走りだしたんだけど。
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