第3話
「はぁ~」
窓から見える青く澄んだ空を眺めながら、思わずため息を洩らしてしまった。
電車に揺られること早1時間。電車から見える景色はとても晴れ晴れとしているというのに、私の心は雨模様。
はぁ、不安だ。不安しかない。
いつの間にか迎えてしまった今日という日を呪わずにいられようか。
結局相手の顔も分からないまま、お見合いの場所へとひとりで向かっている私。
せめて名前をと思い尋ねても“忘れちゃった”なーんて言われる始末。
あのダメダメ人間には、もう何も望むまい。
顔も名前も知らない人に1人で会いに行ってお見合いをしなければならないなんて、何かが間違っていると思う。
いつかはお見合いをするんだって、昔から覚悟していたけれど、これは違う。
こんなグダグダとしたお見合いをするなんて、私の想像してた未来じゃないわ。
「はぁーあ」
本日何度目の溜め息か、自分でもわからなくなった頃になってようやく目的の駅に到着した。
まだまだここから歩かなくてはならないのだと思うと、眩暈(めまい)がしそうだ。
それにしても。
家から電車で1時間以上もかかるこの駅から、さらに歩いて20分のところにある喫茶店をお見合いの場所に指定しておいて家の車もタクシーも使ってはいけないだなんて。
その人絶対まともじゃないわ。
顔も名前も知らないけれど、それ以前の問題よね。
今回の縁談はなかったことにしてもらわなくては。だって、そんな人と分かり合えるはずがないもの。
どうやってお断りしようかしら。
そもそも、会う前から断る予定の人とお見合いすることに意味なんてあるのかしら。
このまま逆方向の電車に乗って、今来た道を帰りたいくらいだわ。
なーんて、一人頭の中で考えを巡らしていた時のことだった。
「泥ぼーう!!」
力一杯にそう叫ぶ、しわがれた声を耳にしたのは。
「引ったくりじゃー!!誰かその男を捕まえておくれ!」
辺り一面に再び響き渡った大きな声。
そうして一人の男を指差しながら道行く人々の視線を一身に集めたのは、弱々しそうなおばあさんだった。
よく、見た目に騙されてはいけないなんていうけれど。
まさにそれね。
「う、嘘だろ」
あらら。
小さな鞄を抱えて静かに歩いていた一人の男が、弱々しそうなおばあさんから発せられたあまりにも不釣り合いな声に怯え、一目散に走り出した。
あのおばあさんからなら、鞄を易々と奪い去れるとでも思っていたのかしら。
それが予想外に大きな声をあげられたものだから、その泥棒は焦りに焦ってしまったようだわ。
それにしてもこの泥棒、学習能力ないのかしらね。
ただただひたすらに真っ直ぐ突き進もうとする泥棒さん。
ひたすらに前を向く人は嫌いじゃないけれど、一度学んだことを次に生かせない人は嫌いだわ。
前にいるのはか弱い娘一人だけだからと安心して、後ろばかりを気にして走るなんて。
そんなんだから、ほーうら。
「ひ、ひゃぁぁあ!!」
私の方に無防備に走ってきたその泥棒の両腕を一纏めにしてぐっと引っ張ってやると、あらあらあら。
「情けない声を出すのね」
「痛ぇーんだよ。さっさと離せ」
あぁ、声だけの問題じゃないのね。
威勢のいい声を出したって、私がつかんでいる腕がプルプル震えていては滑稽でしかない。
「そんなに怯えるくらいなら、始めから盗みなんてしなければいいのよ」
「あ、あんた何者だ。そんな細っこい腕のどこにんな力があるんだよ」
「人は見かけによらないって言うじゃない」
私がそう口にすると泥棒は真っ青な顔をして小さな鞄を地面に落とした。
まったく。
その鞄の持ち主のお婆さんの、見た目にそぐわない大きな声を耳にしたばかりのはずなのに。
私を見た目だけで警戒不要と決めつけるからこうなるのよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます