掃除用具入れでいちばんひなが仕返し!

 放課後の校舎は、少し寂しくて、でもどこか甘い。

 チャイムが鳴り終わったあと、私は風に腕を引かれて、階段をのぼっていた。


 「ひなちゃん、あそこの美術室の隣、空いてるんだって」

 「空いてるって……勝手に入っていいの?」

 「うん♡ 鍵開いてるし、誰も来ないって!」


 誰も来ない。

 その言葉に、少しだけ胸が高鳴った。



---


 「わぁ……なんか、物置みたい」

 「机もあるし、椅子も。別にここで話すくらいなら……」

 「……ねえ、ひなちゃん」

 風が急に私の前に立ちはだかって、両手を私の肩に添える。


 「ちょっとだけ、試してもいい?」


 「……なにを」

 「私が、ほんとにひなちゃんのこと好きかどうか……」

 「……そんなの、今さら」


 言い終わる前に、風の指がそっと私の頬にふれる。

 目が合った。息がかかる距離。


 「ちょっとだけ、だから」

 「……んっ」


 背中が、壁に押し当てられる。

 そして風の顔が、私の唇のすぐそばまで降りてくる――


 「……っ、足音?」



---


 ふたりの間に、張りつめた沈黙が走る。

 廊下から、コツ……コツ……と、ヒールのような音が聞こえた。


 「だ、だれか来るっ……!」


 私は風の手を引いて、部屋のすみにある掃除用具入れの扉を開ける。

 中は狭くて、暗くて、埃っぽい。でも――


 「……っ、入って!」


 カタン、と閉じた扉。

 ほんのわずかに残る隙間から、外の廊下の影が見えた。


 「……せま」

 「……ちかい……」


 体が密着して、息が当たる距離。

 風のシャツの胸元からのぞく肌が、すぐ目の前にある。


 そして私は、ふいに気づいてしまった。

 ――さっき、試着のときの下着、おそろいのやつ。

 風、履いてない……?


 「……風」

 「うん……?」

 「……今、履いてないでしょ」

 「へっ!?」


 「シャツのすそ……触れた。なにもなかった」


 「っっ……っっひなちゃあああん!?!?!?」


 「……仕返し」

 私はそっと指先で、風の太ももをなぞった。


 「……風がさっき、襲ったお返し」


 「だ、だめ……っ いま動いたらっ……声、でちゃっ……」


 「じゃあ、我慢して」

 「ひなちゃんのばか……えっち……す…ぎ……♡」



---


 廊下の足音が消えたあと。

 扉を開けて、光が差したとき。

 ふたりの顔は、真っ赤だった。


 「……なにしてるんだろ、私たち」

 「……ほんとに、なにしてるんだろうね」


 でも、心臓が、ずっと高鳴ってる。

 風の手が、そっと私の手を探してくる。


 「ねえ、ひなちゃん」

 「……なに」

 「また、秘密できちゃったね」

 「……もう増やさない」

 「えぇぇ!? なんで〜っ」

 「次は……ちゃんと、キスしたいから」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る