下着屋でいちばん君が近い!

 「ひなちゃん、今日はありがと〜♡」


 駅前のショッピングモール。

 休日、人の波の中で手を繋いで歩くのは、まだ少しだけ照れくさい。


 でも風は、そんな私の手をしっかり握って、にこにこ顔で歩いていた。


 「おそろいの下着、選びに行こうって言ってくれたの、うれしかった〜」

 「……風が昨日、私のパンツをロック画面にしたからでしょ」

 「えへへ♡」


 気まずそうな顔どころか、悪びれる気配もゼロ。

 むしろ、ちょっと得意げなのが腹立たしい。


 「じゃ、あのお店でいい?」

 「うん! レースとかフリルとかいっぱいあるとこだよね♡」



---


 入店した瞬間、ふたりともぴたっと止まった。


 可愛い下着がずらりと並ぶ空間。

 でも――それよりも、今の自分たちの格好の方が気になって仕方なかった。


 私は、紺のパーカーにミニスカート。

 風は、大きめの男物シャツ一枚だけ。しかも……下、履いてない。


 「風、その……せめて短パンとか、履いてきて」

 「え? だってこれ、シャツ長いし見えないから大丈夫じゃん?」


 「……私、今日一日中、ずっとヒヤヒヤしてるんだけど」

 「えっ、それってつまり……ひなちゃん、気にしてるってこと〜?♡」

 「……気にするに決まってる」


 そのとき、風がシャツのボタンを直そうと胸元をちらっと開いた。

 白くてやわらかそうな肌が、ふいに覗く。


 私は思わず目を逸らす。

 けれど耳が、じんじんと熱い。



---


 「これとかどう? ひなちゃんに似合いそう♡」

 「リボン多すぎ。風っぽい」

 「じゃあこれーっ♡」


 風は、ピンクのレースにハート模様がついたブラを取り出す。


 「ひなちゃん、これ絶対似合うよ? これにしよ!」

 「いや、ちょっと待って、これ……可愛すぎ」

 「じゃあ、ひなちゃんのは水色でおそろいにしよっ♡」


 そう言って、隣でにこっと笑う顔を見たら、もう断れなかった。


 「……はいはい。……じゃあ、試着してくる」

 「え〜〜風も行く〜っ♡」

 「なんで」

 「一緒に選びたいから〜」



---


 試着室の中。

 カーテンの中にふたり。狭くて、距離ゼロ。


 「うわっ、ひなちゃん……その水色、可愛い〜……」

 「見ないで」

 「無理だよ、だって……」

 風はそっと手を伸ばして、ブラの肩紐を直してくれた。


 「ちゃんとフィットしてる? うん……似合ってる」

 「……ありがと」


 その手が、胸元から少しだけずれて、肌にふれた。


 「……風」

 「……なに?」


 「そういうふうに触ると……」

 「ひなちゃんが可愛いのがいけないんだよ?」


 風の声が甘く揺れる。

 カーテンの向こうは、たくさんの人がいるはずなのに、

 この中だけ、時間が止まったみたいだった。



---


 結局、おそろいの下着を買った。

 私は水色にレースと小さなリボン。

 風はピンクにハートとフリル。


 店を出たとき、ふたりの顔はずっと赤かった。


 「……なんか、変な汗かいた」

 「ひなちゃん、かわいすぎて私ドキドキ止まらなかった……」


 駅までの帰り道。

 風が、そっと私の手を引いた。


 「ねえ、今日のこと、ひみつにしよっか」

 「……そうだね」

 「ふたりだけの、おそろいのヒミツ」


 ふたりだけの。

 この気持ちも、下着の色も、きっと今はまだ――ひみつ。

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