『眠る従者』

静かな午後。

開け放たれた窓から、柔らかな風がカーテンを揺らしていた。


花の香り、鳥の声。

季節は、もう春に差しかかっている。


けれど部屋の中では、時間だけが止まっていた。


 


ベッドの横。

リリアーナは椅子に腰掛け、じっと彼を見つめていた。


「……あのとき、屋根に登っちゃダメって言われたの覚えてる?」


声は静かだった。

でも、ほんの少しだけ震えていた。


「でも……あんた、また私の代わりに怒られようとしてたんでしょ」

「バカだよ、ほんとに……」


彼女の手が、そっとレンの手に重なる。

指先は、少し冷たいままだった。


 


「……ずるいよ」


ぽつりと、声が落ちた。


「私ばっかり生きて、笑って、食べて……」

「レンだけずっと、眠ったままなんて」


「お父上がどんな人とお見合いさせようとしても、誰と結婚しろって言われても――」

「私、全部断った」


「……あんた以外となんて、考えられるわけないじゃん……」


 


カーテンがふわりと揺れて、陽が差し込む。

その光の中で、リリアは小さく目を閉じた。


「……お願いだから、起きてよ」

「もう一回、叱ってよ。笑ってよ」


「私が“お姫様”じゃなくて、ただの“リリア”でいられるの、あんただけなんだから……」


 


彼女のまぶたが、ゆっくりと下りる。

そのまま、椅子に身を預けるようにして、深く息をついた。


 


──そして、夢を見た。


 


春の庭。

まだあどけない2人が、笑いながらパンを半分こにしていた。

「また盗ったな!」って言いながら、リリアが逃げて。

レンが追いかけて、二人で転んで、空を見上げて笑っていた。


「……また怒られるぞ、リリア」

「いーの!レンが一緒なら、怒られても平気だもん!」


──そんな、夢だった。


 


目を覚ましたとき。

リリアの頬には、涙の跡が残っていた。


「……夢、か」


その隣で、レンは何も変わらず眠っていた。


 


現実は、まだ残酷だった。

けれどそれでも彼女は、立ち上がる。

手を握って、静かに微笑む。


「……もう一度だけ、夢の続きを見せてよ。ねぇ、レン」


 


彼女の願いは、まだ終わっていなかった。

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