『知らなかった痛み』

レンの部屋には、彼のものがきちんと整頓されたまま残っていた。

机の上には手入れされた筆記具。

読みかけの書物。

そして──小さな袋に入った薬草。


「……あれ? これ、うちの薬師が使ってるのと違う」


手に取ってみると、ほのかに香る傷薬の匂いがした。

紙に包まれたその中には、すりつぶされた薬草と、血の跡が滲んだ包帯。


 


「リリアーナ様、それは……」


後ろで声をかけてきたのは、洗濯係の少女だった。

言葉を選ぶように、でもはっきりと告げる。


「ローレンハルト様……その……よく怪我をなさってました」


 


「怪我? なんで……?」


「おそらく……陰で、いろいろと」

「私たち、知ってたんです。でも……口に出せなくて」


 


知らなかった。

本当に、何も。


あの頃のレンは、確かに少し無理をしてるような時もあった。

でも、まさか──そんな目に遭っていたなんて。


 


その夜。

リリアは人気のない廊下を歩きながら、拳を握りしめていた。


“レンはなにも言わなかった”


“あたしが気づかなかったから”


“ずっと、一人で──”


 


気づけば、彼の部屋に戻っていた。

眠るレンの手をそっと取って、リリアは小さくつぶやく。


「……なんで言ってくれなかったの、バカ」


「全部、あたしのせいじゃん……気づかなかった。気づこうともしなかった」


「……ごめん。ほんと、ごめん……」


言葉が喉で詰まる。

それでもリリアは、決して泣かなかった。


代わりに、そっとレンの手の甲に口づけを落とす。


「……もう守ってもらわない。今度は、あたしが守る番だから」


 


リリアの“看病の意味”は、

この日から少しずつ“懺悔”へと変わっていった。

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