『断る理由』

謁見の間に、王の声が響いた。

「リリアーナ。次の縁談の件だが──」


「お断りします」

即答だった。

何度目かもわからないやり取りに、重臣たちはため息すらつかない。


リリアは微笑んだまま、背筋を正して立っている。

白く磨かれた床、絢爛なドレス、誰にも崩せない気高さ。


誰かがつぶやく。

「……なぜ、あの姫はいつまでも“あの従者”のために……」


そして、沈黙の中。

王がぽつりとつぶやいた。


「……リリアーナ。

もう……諦めてはくれぬか」


その声には、叱責も命令もなかった。

ただ、ひとりの父親としての苦しみだけが、滲んでいた。


リリアは微笑を崩さずに、深く頭を下げた。


「……申し訳ありません、お父様」


けれどその横顔に宿った光は、10年前から一度も揺らいでいない。




 


──部屋に戻ると、そこには静かに眠る彼がいた。

その姿は、何年経っても変わらない。

けれど、リリアは知っている。

変わってしまったのは、自分の方だと。


そっと、彼のそばに腰を下ろす。

手を取って、胸に抱くように握りしめた。


 


「……ねぇ、レン。

あれから、もう10年以上経ったんだよ」


「私、26歳になった。

お城の中では、“もう年頃も過ぎてしまった姫様”って言われてる」


「どこかの国の王子と政略結婚しろって、

もう、何度言われたか分かんない」


「でもね、どれだけ断っても、

どれだけ周りが白い目で見てきても……

私、ずっとここにいるの」


「起きてよ、って言ってた頃は、まだ信じてた。

一年後か、二年後か……って」


「でも最近、怖いの」

「このまま、あんたが目を覚まさなかったらどうしようって」

「私の想いも、全部空っぽになって、

ひとりきりで年を取っていくのかなって……」


「ねぇ……

もう一回でいいからさ」

「私の名前、呼んでよ……」


 


部屋は静まり返っていた。

返事も、気配も、なにもない。


それでも、彼の手はまだあたたかかった。

それだけを頼りに、リリアは今日までここにいた。


 


──そのときだった。


リリアの掌に触れていたレンの指が、

かすかに、ほんのかすかに──ぴくりと動いた。


 


リリアの目が見開かれる。

呼吸が止まったかのように、身体が固まる。


「……うそ、でしょ……?」


恐る恐る、もう一度その手を握り直す。

手は確かに動いた。夢でも幻でもない。


「……今……動いた……?」


 


呼んでも、声は返ってこなかった。

それでもリリアは、声を震わせながら笑った。

涙が零れて止まらない。


 


「……やっと、返事してくれたじゃん……」


 


長い沈黙の果てに、

初めての“返事”がそこにあった。

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