『従者ローレンハルトの一日』

城の空気は、朝の光と共に動き始める。

ローレンハルトは今日も、日の出と同時に目を覚ました。


(公務の順番確認、控室の椅子、花瓶の入れ替え、あと……昼食は“魚じゃないやつ”だな)


何気ない顔で城の中を歩きながら、脳内ではすでに10個以上の確認事項が巡っていた。

それが彼の“日常”だった。


回廊の角を曲がったところで、軽やかな声が響く。


「おっはよー、ローレンハルト様♡」


その呼び方に、レンハルトは思わず立ち止まる。

彼女の言い方は、毎回ちょっと違うけれど――


「おはようございます、リリアーナ様」


そう返すと、やっぱり今日もリリアは笑った。

わざとらしい“様付け”の応酬は、ふたりだけの朝の合図だった。


「……あとで、ですね」


その返事もまた、いつも通り。

けれどレンハルトは、振り返らずに歩き出した。

朝のうちに、済ませておくべきことが多すぎたから。



午後。

レンハルトは重い荷物を抱えて、王宮の片隅から運び出すように命じられていた。


それは明らかな嫌がらせだった。

いつもは使用人の手伝いは控えめなのに、今日は無理難題を押し付けられたのだ。


「おい、ローレンハルト。これを中庭の倉庫まで運んでこい。急げ」

冷ややかな声が背中から響く。


荷物は予想以上に重く、腕が震える。

さらに、運ぶ道の途中にある古びた階段。


(一歩、一歩…気をつけないと)


階段の一段一段が磨り減っていて、足を踏み外しやすい。

遠くて長い距離。


重い荷物に気を取られて、足元への注意が散漫になる。


「……しまった」


不意に、足が滑り、バランスを崩す。


「くっ…!」


荷物が体の前で大きく揺れ、

レンハルトは必死に踏みとどまろうとするが、


重力に逆らえず、転げ落ちた。


闇の中、彼の頭に浮かんだのは、ただ一つ。


(リリア……)



その名と共に、

意識は――静かに、深く、闇に落ちた。

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