『沈黙の王宮』

目の前の光景を、頭が理解しようとしなかった。


リリアーナは扉を開け放ち、

中の様子を見た瞬間、心臓が一拍、遅れた気がした。


ベッドの上。

誰かが静かに横たわっていた。


その「誰か」が、

“レンハルト”であることに気づくまで、数秒かかった。


「…………」


言葉が、何ひとつ出てこなかった。


目の前の光景を、心が拒絶した。

けれど、それでも瞳は逸らせなかった。


ベッドの上。

規則正しく動いているのは、胸の上下ではなく、ただ一筋の管と機械の音。


嘘みたいに静かで、嘘みたいに無防備で、

あの冷めたツッコミも、あきれたため息も、もう聞こえない。


「……うそ、でしょ」


絞り出した声すら、自分のものじゃないみたいだった。


近づこうと足を踏み出したリリアの腕を、誰かがそっと掴んだ。

王の側近のひとり。声は震えていた。


「リリアーナ様、あまり刺激を──」


「離してよ!!」


振り払った。

何も見えなかった。音もしなかった。

心臓の音すら聞こえないのに、頭だけがぐるぐるとうるさかった。


「なんで……! なんでこんな、ことに……!」


気づいた時には、ベッドのすぐそばに立っていた。

レンの額に触れようとして、手が震えて止まった。


冷たかったら、どうしよう。

今まで通りじゃなかったら、どうしよう。


「ねぇ……レン、起きてよ。怒ってくれていいから……」

「“またバカな真似を”って、眉しかめて……笑ってよ……」


返事はない。

目も開かない。


医師がそっと耳元で告げた言葉が、今もリリアの鼓膜に残っている。


「意識が戻る可能性は……正直、ありません」


誰かが泣いていた。

でも、それが自分かどうかも、もう分からなかった。


 


沈黙の王宮。

それは、ローレンハルトのいない世界だった。

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