死刑

地下牢には中々入らせてもらえなかった。牢屋の隣には正義感の強そうな兵隊が一人監視している。怪しい会話をさせないようにだろう。数週間してようやく入れたと思ったら、アリスは瘦せ細って、まるで別人だった。

壁にもたれて力尽きたような顔を見ると、どうしようもないくらい胸が苦しくなる。


「アリス……死刑って聞いたわ。いつなの?」


「明後日…だったかな」


「明後日⁈そんな……もうすぐ…」


私は絶望のようなものを感じて下を向いた。汗が止まらない。

もう、アリスと過ごすことができない……?

パンを買って、一緒に食べて、隣で授業を受けて、寝落ちしたアリスを起こして、王太子の婚約者候補としてお茶会に行くアリスを見送って、帰って来たら感想を聞いて、笑い話を沢山聞く。そんな他愛ない日々にもう戻れないなんて……。

「ねぇクレア」と目の前から声がした。顔を上げると、いつの間にかアリスは目の前まで移動していた。

視界が滲む。折角のアリスの顔が涙に邪魔されて見えない。


「クレアは……最期まで私を信じてくれる……?」


掠れた声とアクアマリン色の瞳から零れ落ちる涙は、とても重いものに感じる。


「えぇ。えぇ。信じるわ。絶対、あなたは罪を犯してないって。誰もがあなたを反逆者だと罵っても、私は……私だけは、アリスを信じてるから」


「……ありがとう」


あぁ、苦しい。いつもの明るくて楽しそうなアリスが見たい。

私が……私に何かできることはないのだろうか。


「あの!アリスが犯行した証拠はあるんですか?」


私は監視していた兵士に話しかけた。


「あるから捕まっているんだろう」


「それが真実かどうか調べなかったんですか?城には鑑定魔法使がいるはずです」


鑑定魔法使は、人や物のあらゆる情報を鑑定できる魔法が使える魔法使いのことだ。けれど、鑑定魔法を使える者はたった一人しかおらず、貴重なため城専属の魔法使いになっていた。


「あぁ。鑑定魔法使に頼んで真実だと伝えられた。証拠は必ず鑑定魔法使に通す決まりなのだ」


そんな……捏造じゃないの?アリスの犯行が本当だというの?そんなの絶対おかしい。誰がこんなこと……。



時間というのはやはり私を待ってはくれなかった。覚悟の出来ぬまま、

___アリス・エヴァンス侯爵処刑当日。

処刑は城の前の広場で行われた。

大きな台の真ん中にギロチンが置かれ、その下に……アリスが首を塞がれて待機されている。台の周りには町の人々だけでなく、多くの貴族も近くから見に来ていた。それほど国の反逆者が珍しいものなのだろう。アリスの家族は台を遠くから眺めている。親は泣いて兄妹は失意していたのをさっき見かけた。アリスが反逆者と判明すれば、家族も調査されるのは当たり前だ。アリスの親友である私のところにも調査は来たが、証拠はなく無罪と言われた。

無論、私も台の目の前にいる。


「これより!国の反逆罪!主に国の極秘情報の密告、国王陛下暗殺未遂により!アリス・エヴァンス侯爵の死刑執行を開始する!!」


一人の鎧を纏った男が大きな声でそう言った。その瞬間、周りは途轍もなく騒がしくなった。


「早く殺せェ!」「なんって汚らわしい」「よくも俺らを騙しやがったな!!」「地獄に堕ちろ!」「死んで当然よ!」


人々はアリスに向けて怒りを叫んでいる。それが悲しくて苦しくて、痛くて、悍ましくて仕方がない。いくら耳を塞いでも、この怒声は私の脳に食い込んでくる。


「アリス……」


アリスの方を見ると、ふと目が合った。辛くて苦しくて、今にも涙が出そうなのを我慢したような顔をしている。それでも、私と目が合うと、必死に笑っていた。苦笑いだった。


「反逆者をただの死刑では済まされない」


その声は……?


「火炙りの刑を追加する」


あの恐怖に満ちた目は……この国で最も強く、城に仕える魔法使い、イグナス・エリクス……。

そんなことより!今何て?火炙り?そんな、そんな残酷な事をするの?待って、アリスが苦しむようなことをしないで!!


「国に反逆しようとしたことを、悔やむがいい。地獄を味わえ」


「待って!!!」


私がどれだけ手を伸ばしても、声は届くことはなかった。

イグナスが魔法陣を生み出した途端、アリスの周りが燃え始め、ついにアリスに火が燃え移った。魔法だからか、周りに燃えていた火は一気にアリスに向かった。


「熱い!痛い痛い熱い!!痛い苦しい苦しい……!」


アリスは大きな声で悲鳴をあげた。身体が焼けて黒くなっていく。

けれど、それに同情する者は周りには誰一人いなかった。むしろ喜びの声で溢れていた。


「アリス!!」


喉が枯れるくらいに名前を呼んだ。涙がまた溢れ出てくる。もう、こんな苦しい光景耐えられない……!


「よし。レバーを回せ!」


イグナスが合図を送ると、兵士はギロチンのレバーを回し始めた。

あぁ……もう……っ

目を瞑った。親友の最期は見るべきなのかもしれないけれど、それでも私にはアリスの首を飛ぶ瞬間は見たくない。


「クレアァァッッッ!!」


一瞬、アリスが私の名を呼ぶ声が聞こえた。

ハッと目を開けると、もう遅かった。


ガシャン


ギロチンの刃は赤い血に染まっていた。そして、そこにはもう、アリスはいなかった。

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仮面令嬢の全ては親友の死から始まった 星守 @hoshimori_0-0

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