第四章:欺瞞の宴
「この者たちは、“愚か者には見えぬ衣”を仕立てる職人だそうだ。」
王の言葉に、大広間は一瞬の沈黙ののち、拍手と称賛の声で満ち溢れました。
「なんと見事な話でございます、陛下!」
「愚か者には見えぬ衣とは、まさに真の賢者を見極めるにふさわしい!」
「この国の威信を高める衣となるでしょう!」
ずらりと居並ぶ大臣や官僚たちは、こぞって頭を下げました。
誰一人として、「見えぬ衣」などという話の荒唐無稽さを指摘しませんでした。
王は静かに彼らの様子を見つめながら、頷きました。
「では、次の戴冠式の装束は、この職人たちに任せるとしよう」
王様は大臣達にそう言い渡しました。
絢爛な調度に囲まれた別室。
香が焚かれ、金の器に酒が注がれると、大臣たちは口々に笑い始めました。
「“見えぬ衣”とは、よく思いついたものだ」
「そんなもの、あるわけなかろう」
大臣たちの嘲るような笑いが広がりました。
「しかも…特別な布用として、針や糸も高級品を買った事にして…
帳簿の数字を少し盛れば儲け放題よ」
「“王の御意志”とでも称して、何処かの工房に名目だけの発注もだすか?
ふふふ!」
下卑た笑いが交わるなか、ひとりの官僚がふと盃を置きながら言いました。
「……だが、あの職人の二人、
仕立て部屋で真剣になにやら作業しておったぞ…」
「…もし本当に“見えぬ衣”だったら?」
一瞬、空気が凍りつきました。
「まさか、本当にそんなことが……」
「“愚か者には見えない”が本当なら、見えなかった者は愚かと見なされるのか」
「・・・ふ、ふん!見えなくとも“見えた”ことにすればよい。
それが、処世術というものだ」
「・・・そうだそうだ!我らが愚か者なものか!」
乾いた笑いが広がりましたが、どこか怯えが混じっていました。
老臣が顔をしかめながら低く呟きました。
「それにしても、息子の宮殿が未完成でな……財務の割り当てが心許ない。
先日の王の衣と装飾品、あまり良い値が付かなかったのでな…」
「ならば、また民の税を上げればよい。衣の材料費ということで」
「“愚か者には見えぬ衣”だ。高くとも誰も文句など言うまい」
「“民の誇り”とでも謳えば、むしろ喜んで払うだろうさ」
「王が民のためを思うなら、我らも“衣”のためを思わねばな!」
またひとしきり、笑い声が部屋を満たします。
――それは国の心臓部で交わされる“欺瞞の宴”。
民の苦しみなど露知らず、
己の欲と保身に酔いしれる者たちの、偽りに満ちた酒宴でした。
そのすべてが、王の仕掛けた“見えぬ衣”の網に、からめ取られているとも知らずに。
続く~第五章へ~
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