第二章:仕立て屋の噂

「愚か者には見えない服を仕立てる職人が、

 隣国よりこの国へやってきたと申します」

最初にその話を漏らしたのは、王城の使用人でした。


下働きの者たちの間で話題となり、やがて厨房、給仕、馬係へと広まり、

ついには王の私室を預かる老従者の口から、静かに語られました。


「陛下……ただの戯言かもしれませぬが、

 もし本当であれば、大臣方を試す手立てになるやもしれませぬ」


この老従者は父の時代から城に仕える知恵者でした。


ただ、貧しい生まれの為、父王が国を動かす役職につけようとすると邪魔が入り、

城を追い出されそうになったり、過去には命を狙われる事もありました。

しかし、父王は彼の能力を高く買い、自分の世話係として手元に置いた人物で、

のちに現王の世話係となったのでした。


今となっては、王が唯一、心を許せる者となっていたのです。


そんな人物の「大臣達を試す手立てになるやもしれませぬ」と言う言葉に、

王の胸に、かすかな炎が灯りました。


――愚か者には見えない服か・・・。


その服をまとったとき、誰が真実を語り、誰が偽りを重ねるのか……

見極めることができるという事か…。


「くだらぬ詐欺かもしれぬ。しかし……

 もし、それが仕掛けられた“嘘”であったとしても、わたしには利用できる」

王は確信しました。


これは天が与えた好機だと。

 

――自らを嘲ることになろうとも構わぬ。

真実を暴くためならば、愚か者の王と指を差されても良い。


その日、王は一通の密命を記しました。

「王命により、愚か者には見えない服を仕立てると噂される職人を、

宮中に召し抱えることとする」


数日後、風変わりな二人組の仕立て屋が、王宮に姿を現しました。


一人は痩せぎすで、眼鏡の奥に計算高い光を宿した男。

もう一人は口数の少ない、無精髭の職人風。


どこか胡散臭さを漂わせながらも、二人は自信に満ちた声で王に言いました。

「我らが仕立てる衣は、ただの衣ではございません。

 愚か者と賢者を、くっきりと分ける“鏡”でございます」

 

王は静かに頷きました。

「よい。存分に仕立ててみよ。私のために、いや――この国の未来のために」


こうして、“見えぬ衣”の仕立てが始まりました。


それは、真実と欺瞞を見極める、王の賭けの始まりでもあったのです。






続く~第三章へ~


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る