ハトがいた

大学の坂にはハトがいる。

 

 1コマ目の授業に足早に向かっていると、坂の隣の林に鳩がいた。

 急勾配の坂は、毎年新入生の心を折ることで有名だ。実際、この坂を歩くだけで息を切らしてしまう。

 そんな、人間でさえキツイと嘆くこの坂で、鳩は餌を探していた。

 もう半袖なんかを着ているだけで心配されるような季節だから、めぼしい食べ物はほとんどないのだろう。

 だから、銀杏の干からびた実が散乱する枯葉に埋もれた坂で何かないかと探している。


 カサカサ


 音を立てながら頭を埋めて必死に餌を探す姿に、友人の姿が重なった。

 確か、明日もどこかの企業の説明会に行くと言ってなかっただろうか。

 先月は福岡、今月は名古屋、明日は福島。

 就職先を探して三千里をしている友人は、先日の飲み会で「もう地元で探そうかなぁ」と嘆いていた。

 福利厚生が整っているところ。休日がしっかり取れるところ。働き甲斐があるところ。給料が高いところ。

 企業のパンフレットやサイトをめぐり、インターンシップを梯子しながら悩んでいるうちに、結局は地元が安心できると帰属意識がよみがえったらしい。


 そういえば、前にとある講義で都会はレッドオーシャン、地方はブルーオーシャンだと聞いた。

 都会は人が多い分、新たなビジネスを打ち立てる人が多いが競争が激しく利益の取り合いになる。

 しかし、田舎は人が少ない分、新たなビジネスに取り組んでも競争相手がいないため定着すれば利益を得やすいそうだ。

 友人はイベント制作会社に入りたがっている。

 この理論にそうならば、大手を狙うのもいいが、意外と地方のテレビ局とかのイベント部門も狙い目じゃないんだろうか。

 少人数精鋭で色々学べて、イベントの提案とか運営とか数年で結構いいところまで任される気がする。

 派遣バイトでコンサートの運営のバイトリーダー任されてるし。

 ありかもしれない。


 ここまで考えて、気づいた。

 

 もしかしたらこの鳩もブルーオーシャンを目指してここに辿り着いたのかもしれない。と。

 もしかすれば、この林に誰かが食べきれなかったポテトチップスでも捨てていれば、この鳩はそれを独り占めできる。

 運要素は大きいが、餌がまぁまぁあるところで、他の飢えたハトたちと取り合いながら少しの餌を得るか、餌があるか分からないところで見つけられれば多くの餌を得るか。

 前者は安定はしているかもしれないが得るものは少ない。しかし、後者はその場所で見つからなければ次の道なところへ行けばいいのだからエサに辿り着くまで移動すればいい。

 やり直しのきくガチャみたいなものだろう。


 人間も、この鳩のようにとりあえず未知の領域で何かを探すことも必要なのじゃないだろうか。

 よく、老人が言う「若いうちになんでもやっておけ。」と言うのは自分だけのブルーオーシャンを見つけろという意味なのかもしれない。

 そう考えると、ヘトバンするように必死に頭を上げ下げしながら餌を探す鳩に、畏敬の念すら出てくる。


 ピロンッ


 ポケットに入っていたスマホが鳴る。

 見ると友人からだった。


「授業始まったぞ。」


 そういえば、授業へ向かう途中だった。

 そうだ、友人にこの偉大な鳩を教えよう。


「ブルーオーシャンを目指すんだ。」


 鳩の写真と共にメッセージを送る。


 ピロンッ


「寝ぼけてんのか。」


 返信と共に表情が削ぎ落とされた人面魚のスタンプが送られてきた。


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「ブルーオーシャンを目指すんだ。」

 友人の訳の分からんメッセージに、とりあえず圧をかけれそうな人面魚のスタンプを送っておく。

 時々、よく分からんことをしてくるが、本人の中ではちゃんと辻褄が合っているらしい。

 説明をしてくれることもあるが、大概分からないのであまり深掘りしないようにしている。

 

 とりあえず、友人の遅刻は決定したのでスマホを切ってモニターを見る。

 どうやら、みじかにいる鳥類んの変遷が今日の講義のお題らしい。

 グラフを見るに、スズメとツバメが減っていてカラスとハトが増えたらしい。


 そういえば、最近、スズメを見かけないな。

 

 昔は家の米を勝手に持ち出して、公園にいたスズメにやっていたものだ。

 多分、ナウシカに影響されていた。

 実際、肩に乗せて、あはは、うふふ、ごっこをしようと必死に手懐けようとしていた。

 懐かしい。なんなら、今でもできないかな。

 そう、ぼけーっと昔を懐かしんでいると鳩の公害についてのスライドが出てきた。


 曰く、ハトおじさんのように、鳩に大量に餌をやることで、その地域にハトが集中的に集まりさまざまな公害が起こるとの話だ。

 随分前に有名になった出来事だが、その頃の自分は「ハトに餌やってるだけだからええやん」と思ったものだ。

 というか、スズメに餌をやってたことがあるので、おじさんを否定しずらかった。

 そういえば、公園にいたスズメたちも餌をやるたびに増えていたな。


「おはよう」

 のんびりと登校してきた友人が隣に座る。

「おう」

 返事しながら、授業プリントを渡してやる。

 もう授業も半ばになるのに、どこで何をしていたのやら。


「あ、あのスタンプ可愛いいね。どこで手に入れられるか探してたらなんか時間経ってたんだよね。」

 どうやら、人面魚スタンプが琴線に触れたようだ。

 あれ、可愛いとかそういう系ではないと思うし、どちらかといえば、ネタ枠とかソッチなんだけどなぁ。


 結局見つからなかったんだー。と笑いながらいうので、とりあえ居酒屋の友達登録でもらえると伝えておいた。



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 大学の坂にはハトがいる。


 2コマ目の授業に向かう途中、坂をみればハトがいた。

 なんなら、少し増えてる。


 ブルーオーシャン、見つかっちゃたかー。

 正直、昨日見た鳩がどのハトかわからないけれど、ちょっぴり残念な気持ちになる。

 多分、ここには餌があったんだろう。

 昨日の鳩が腹一杯になってたら嬉しいけれど。

 

 とりあえずまた鳩の写真を友人に送って、ひとこと。

「速報、ブルーオーシャン見つかる。」


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 会社説明会の休憩中、スマホを開くと友人からラインがきていた。

 鳩の写真と共に、また、謎のメッセージだ。

 昨日の写真は鳩が1羽だったが、今日は3羽。


 増えてる。

 しばらく、鳩の写真が続きそうな予感がする。

 とりあえず、人面犬のスタンプを送った。


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 大学の坂にはハトがいる。


 3コマ目の授業に向かう途中、坂を見るとハトがいた。

 結構増えてる。

 なんだったら、枯葉を踏む音が少しうるさい。

 駅前にいるハトくらい、集まっている。


 とりあえず、また写真を友人に送る。コメントも添えて。

「人口増加」


 今日は人面亀のスタンプだった。


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 バイトの休憩時間、スマホをひらけば友人からのライン通知があった。

 恒例の、鳩の写真と謎のメッセージ。

 今回はわかりやすい。

 前日よりも増えた鳩の写真。

 なんなら、林をはみでて歩道に侵入してきている。

 動物園の餌やりコーナーで子供を泣かせているはとたちがいるが、もう少しでそのレベルに到達しそうだ。


 いや、おかしくね。

 うちの大学にそんなにいたっけ。


「休憩交代です。」


 とりあえず、変な違和感を置いといて、バイト先の公式キャラクターのスタンプを送っておいた。


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 大学の坂にはハトがいる。


 サークルの練習に向かう途中、坂を見るとハトがいた。

 だいぶ増えてる。

 なんだったら、ちょっと通行の邪魔になっている。

 多分、観光スポットにできるくらいは集まってる。


 とりあえず写真を撮る。なんか、カメラを向けると一斉にこっち見てくる。

「過密化」

 コメントもつけて送信した。


 今日は人面豚のスタンプだった。


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 同好会の活動の休憩中、友人からラインが入った。

 いつも通りの鳩の写真とコメント。

 うん、文字どうり。

 ソーシャルディスタンスを忘れたハトが坂一面を占拠している。

 ついでに鳩の上にハトが乗る、訳の分からない状態になってるし、道路にはみ出すのも時間の問題な気がする。

 これ、もう人の通る余地ないだろう。

 あと、一斉にハトがこっち向いているから下手なホラー写真よりも恐怖を感じる。

 集団って怖いんだ。


 やばくね。

 これ、なんなら大学周辺だけじゃなく県全体から集まってそう。

 明日、講義室までたどり着けるかな。


「先輩、みんなで合奏するみたいですよ。」


 とりあえず、同好会のスタンプを送っておいた。


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 大学の坂にハトがいる。


 学校に行くために、外を見るとハトがいた。

 すごく増えてる。

 なんだったら、こんな光景はもう一生見れないかもしれない。

 今日からこの街は鳩町に改名したほうがいいかもしれない。


 とりあえずスマホを構える。なんか、家に向かってくるハトが飛んできている気がする。

「ハトオーシャン」

 珍しく、ふざけたメッセージを送ってみた。


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 朝、スマホのアラームで起きると友人からメッセージが届いていた。

 いつもと同じ写真だが、なんだか命の危険を感じさせる。

 大丈夫なのか。

 獲物を掴み掛からんとする勢いでハトが突進している写真。

 よく撮れたな。


 メッセージが珍しくふざけている。

 写真との関連性がわからなくて首を傾げる。


 とりあえず目を覚まそうとカーテンを開ける。

 目一杯に広がるハト。

 外は確かにハトオーシャンだった。

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