第25話 禁断魔法ダートイクリプス
「ミレーヌ様!いけません!」
俺とターナーの間に身体を割り込ませた未可子は必死の形相で俺を睨みつける。
「お前は…まさか!メイリーンか!?」
俺の言葉に未可子は表情を変えずに頷く。
「ミレーヌ様。ここで人を殺してしまえばソフィア様の死が無駄になってしまいます…」
『ドクン!』
ソフィアという名を聞いて俺の心臓が一つ大きく跳ねる。
「人間は守る対象であり傷つけるものではない…それが貴方の信条でした。そうですよね…」
未可子は俺の手から北条さんの身体を優しく受け取ると俺から離れてイザベラさんに預ける。
「それは相手がどんな人間であっても変わらない筈です。そう。このターナーや、そこに転がっている高木や二階堂のようにどうしようもないクズ野郎どもでも」
未可子は柔らかく微笑む。表情と言動が釣り合っていない。
「北条さんは…いいえ、ソフィア様は無事にお戻りになった。それでこの場は良しとしませんか?」
未可子の言葉に俺は再度北条さんを見る。
気を失っているが美しい顔。その顔が夢で見たソフィアという娘の顔と重なる。
「ソフィア…あぁ。何故私は気づかなかったのだ…ソフィア。こんなに近くにいたのに…」
温かいものが頬を伝う。それは俺の目から溢れ出た涙だった。
同時に俺は急に自分の身体の重みを感じる。
両手を動かしてみる。
思い通りに動く。
「悠介…戻ってきたね」
未可子が俺に微笑みかける。
「あぁ。ありがとう未可子」
頷く俺に未可子は嬉しそうに頷き返す。
「何だかよくわからねぇが、ここまでコケにされて、はいそうですか!って帰れるかぁ!」
突然ターナーが大声をあげて立ち上がる。
「全員死ねぇ!ドラークイン!」
ターナーが叫ぶと同時にターナーの背後から紅い光が湧き上がる。
その光は猛烈な風を巻き起こし教会の屋根を吹き飛ばす。
紅い光はさらに強く濃くなる。
「あぁ…」
未可子が絶望の声をあげる。
ターナーの背後で邪悪な顔をしたドラゴンがこちらを見下ろしていた。
「ふふふ…ははははは…はぁーはっはっはっはっ!どうだ!?これこそベルトロス様から授かった最高の力だ!このドラゴンを倒せるか?このドラゴンは俺以外の全てを焼き尽くす。俺をコケにしたこと…あの世で後悔しろ!」
ターナーはドラゴンと同じように邪悪な顔をして大笑いをしている。
「もう…おしまいだ…」
イザベラさんががっくりと地面に膝をつく。
北条さんは気を失ったまま地面に横たえられる。
「逃げろ!街の人達を避難させろぉー!」
騎士達はそれぞれ教会の敷地内から走り出す。
「無駄な事を。どこにいてもどこまでも追いかけて焼いてやるさ」
ターナーはニヤニヤと騎士達を見送る。
「が…まずはお前らだ…焼き尽くせぇ!」
ターナーが叫ぶとドラゴンの口に炎が発生する。
『グォーン』
ドラゴンが雄叫びをあげて炎を吐き出す。
その炎は俺と未可子、そしてイザベラさんと北条さんを飲み込む。
「はっはっはっはっ!ざまぁ見ろ!俺に楯突いた結果だ馬鹿どもめ!…えっ!?」
ターナーの勝利の高笑いは驚愕の声に変わる。
俺の右手がドラゴンの吐いた炎を全て吸収したのだ。
何故かはわからないが、こうすれば炎が吸収できるという確信があった。
「ターナー。もう終わりにしよう…」
「うるさい!もう一度だ!…焼き尽くせ!」
『グォーン』
ドラゴンは再度雄叫びをあげて炎を吐き出す。しかしその炎は再び俺の右手に吸収される。
俺の右手が紅く輝きはじめる。
俺は自分の為すべき事がわかっていた。
このドラゴンを封印し、この地に静謐を取り戻すこと。そしてターナーからベルトロスの魔力を排除することだ。
そして俺はその方法を知っていた。
俺は精神を統一しその呪文を唱える。
「ダートイクリプス」
呪文を唱えた瞬間、世界から色が消える。
黒い背景に白い線画の世界。
北条さんも、未可子も、イザベラさんも、ターナーもドラゴンも。全てが白い線で描かれる。
時が止まる。
皆の動きが止まる。
急激に黒い世界が縮小し世界は色を取り戻す。
ドラゴンはその姿を消していた。
そしてターナーは気を失って倒れていた。
それ以外は呪文を唱える前と同じだ。未可子は俺の手に縋りつき、イザベラさんは地面にうずくまっている。北条さんは気を失ったままだ。
「皆…終わったよ」
俺が言うとイザベラさんは恐る恐る辺りを窺う。
未可子は俺の顔を心配そうに覗き込む。
「大丈夫、心配しないで。ターナーも生きている…」
ターナーがうなされるように声をあげる。
瓦礫の下から高木と二階堂が姿を現す。
「な…何が起きたんだ!?」
「わからねぇよ。何なんだよ!こえーよ」
二人とも毒気を抜かれたような顔をしている。
こうしてターナーとの対決は幕を閉じた。
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