第21話 遺志を継ぐ者

 アルベルトさんの遺体が発見されたのはその翌朝のことだった。


 館の庭にアルベルトさんが倒れているのを庭師が発見した。

 医師によると酒に酔ったか何かで意識を失ったアルベルトさんが館のベランダから転落して命を落としたという診立てだった。


 しかし俺はそんな診立ては信じない。絶対にアルベルトさんは殺されたんだ。

 王様を諌めようとして、サイラム国を救おうとして、その結果命を落とした。


 こんな国、滅びてしまえばいい。自分の事しか考えない王様なんて死んでしまえばいい。


 人間なんてくだらない動物だ。いつでも自分のことばかり。

 少し優しくすればつけあがり、一度美味しい思いをすればもっともっとと欲しがる。


 全てが嫌になった。もうこの国を出てどこかで静かに暮らそう。未可子と北条さんを連れて。もし高木と二階堂も来たいと言えば連れて行こう。


『トントン』


 遠慮がちにドアがノックされる。


「どうぞ」


 俺が応えるとドアが開かれ未可子が顔を出す。当然のことだが、未可子も浮かない顔をしている。


「鈴木君…大丈夫?」


「あぁ…未可子…アルベルトさんが…死んじゃったよ…」


 きっと俺は泣きそうな顔をしているはずだ。


「うん…悲しいよね…大切な人を失くすのって…本当に」


 未可子は俺の肩を後ろからそっと抱きしめてくれる。

 未可子の体温で心が少し落ち着いてくる。


「でも、悲しみに引きずられてはダメ。貴方は本来とても優しい人…そして人間をとても愛している人…そうでしょ?」


 俺は不思議な感覚に陥る。後ろから抱きしめてくれているのは未可子か?いや、間違いなく未可子だ。

 なのに誰か全然違う人に抱きしめられているように感じる。


「未可子…?」


 俺は不安になり未可子の名前を呼ぶ。


「なぁに?」


 やっぱり未可子だ。俺は何を不安に思ったのだろうか。


「いや…ありがとう」


「うん…」


『バタン!』


 部屋の扉が乱暴に開かれる。


「鈴木!」


「お!ちょうどいい!佐藤もいるぜ!」


 入ってきたのは手に剣を持った高木と二階堂だった。


「高木…二階堂…どうした?」


 俺は未可子を後ろに庇いながら問いかける。


「お前らをな…差し出すんだよ!」


 高木はいきなり剣を振り下ろしてくる。


 俺は咄嗟に避ける。ギリギリのところを切っ先が通り過ぎて床に剣が突き刺さる。

 こいつ、本気で斬りつけてきた。


「ちっ…」

 

 高木は床に突き刺さった剣を抜こうとするが深く突き刺さったのか抜けずにいる。


「おらぁ!」


 今度は二階堂が剣を大きく振りかぶって斬りつけてくる。


『ガッ』


 という音と共に二階堂の動きが止まる。

 見ると天井の梁に振り上げた二階堂の剣が突き刺さっていた。


「くっ…!」


 二階堂も剣を抜こうとするが上手く抜けない。


「ウィンキ」


 背後で未可子が呟くと光の輪が高木と二階堂を一纏めにして拘束する。


 背中合わせで拘束された高木と二階堂は悪態をつきながら拘束を解こうと暴れている。


「未可子…そんな魔法も使えたのか…」


 俺が振り返ると未可子は困った顔で曖昧に頷く。


「ちきしょう!」


「これじゃターナーさんからアレを貰えねぇ!」


 その表情を見てピンと来た。


「お前ら、薬使われたな?」


 俺の言葉に高木と二階堂が睨み返してくる。その目は焦点が定まらず忙しなく揺れ動いていた。

 おそらくアリダ草の煙を吸わされたのだ。


「アリダ草って言うんだよ!」


「お前と佐藤をターナーさんに差し出せばもっと吸わせてくれるって約束したのに…くそっ!」


 高木と二階堂は身体をガクガクと震わせながら悪態を繰り返す。


「何故ターナーが俺と未可子を?」


「知るかよ!お前らみたいな陰キャがどうなろうが俺達の知ったことじゃないんらよ!」


「そうら…おまえらなんへ…あえ…?」


「ろうしは?にはいほう…あえ…?」


 2人の呂律が回らなくなってきた。


「うおーくふりを!くふり…」


「よこへ!くふり…」


 2人は回らない呂律でも悪態を吐く。次第に動きが緩慢になってきてその後失神した。


「ターナーがいよいよ本性を現したか…」


「うん。イザベラさんもアルベルトさんもターナーが来てからこの国が変わったって言ってたもんね…」


 未可子の言葉に頷くと高木と二階堂はそのままにして部屋を出る。


「未可子、悪いけど北条さんの様子を見てきてくれないか?」


 俺の言葉に未可子は慌てて女子部屋を覗く。


「大丈夫。ぐっすり眠ってる」


 北条さんはアリダ草を吸わされて以来よく眠るようになった。特に身体の不調は無いようなので今はそっとしている。


「そうか。ありがとう…」


「どうするの?鈴木君…」


「ターナーと対決する!」


「こんな国なんて…人間なんて…知ったことじゃない…じゃなかったの?」


 未可子は俺の顔を微笑みながら覗き込んでくる。


「何で…?」


 俺は心の中で思っただけで未可子に話してはいない。


「貴方が思うことくらいわかるよ…」


 未可子はイタズラっぽく笑う。


「そっか…」


「でも、ターナーと戦ってこの国を、王様を、人々を救うんでしょ?」


 未可子は真剣な表情になる。


「あぁ。それがアルベルトさんから思いを託された俺の役割だ…」


 俺は未可子に頷き返す。


 そう。アルベルトさんはまさに命がけでこの国と王様を護ろうとした。そしてその思いを俺は託されたのだ。

 アルベルトさんの思いを裏切って生きていくのは何より俺自身が許せなかった。


 それに…俺はまだ人間を信じたい。自分の事だけを考える人間もいるだろう。けれど、中には他者を思いやれるような強い人間もいるはずだ。

 そういう人達のためにも俺がここで為すべき事を為さねばならないんだ。


「未可子…手伝ってくれる?」


「うん!当然だよ!」


 俺の問いかけに未可子は満面の笑みで答えた。

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