第18話 食事の夜と拐かし
「まんまとやられたよ。恥ずかしい…」
イザベラは俯いている。普段の自信満々な姿からは想像できない落ち込み方だ。
牢屋の馬車で護送されていたのは皆ポートカルネの義勇兵だった。そこにイザベラも一緒に囚われていたのだ。
「ポートカルネに着いて義勇兵に参加したまではよかったんだ…」
俺達は怪我人を担いであの場から離れた。
未可子と北条さんに頼んで街までアルベルトさんを呼びに行ってもらっている間はここで待機だ。
「義勇兵の指揮官が訓練だと言って森の中に私達を連れ出した。実際夕暮れまでは戦闘訓練をした」
「その後食事を取った。そして気がついたらあの馬車に載せられていたんだ…」
イザベラは再び俯いて唇を噛む。
「食事に何かを混ぜられてたんですね…」
「おそらくそうだろうね。義勇兵の指揮官はいなくなっていたよ。食事の準備をした奴らも…」
「義勇兵の中にスパイがいたってことですか…」
「あぁ…」
イザベラは力無く頷く。
「イザベラさん達が連れていかれようとした場所はおそらく教会の麻薬畑です」
「麻薬…?」
「見張り達は禁制の薬草って言ってました…」
「まさか!?アリダ草!?」
「名前はわかりません。それを吸うと随分気持ち良くなるみたいです。ただ、効き目が切れるとかなり辛そうになります」
俺は王様の様子を思い出す。
「アリダ草だ…なんてことを…そうか…それで最近サイラム国で人が居なくなっていたんだな…畑で働かせるために…」
イザベラさんは思い詰めた表情で考え込んでいる。
「ユウスケ。やはりサイラムは危うい。私と一緒にポートカルネに行こう!」
イザベラさんは俺の腕を掴む。
「イザベラさん…俺は行けないよ。仲間を置いては行けないし…」
「でも!このままだとユウスケ達も巻き込まれるぞ?」
「それでも…俺はまだサイラム国と仲間のことを信じたいんだ…きっと目を覚ましてくれるって」
俺の言葉にイザベラさんは悲しげに肩を落とした。
その後アルベルトさんが部下を連れて駆けつけてくれて、動けない人をポートカルネの近くまで送って行ってくれることになった。
今回の経緯をアルベルトさんに話すと、アルベルトさんは騎士団の方で畑の事を詳しく調べてくれる事になった。
これでアリダ草の流通経路が判明すれば王様の目を覚まさせることができるかもしれない。
ポートカルネに戻るイザベラさんに別れを告げて俺と北条さんと未可子はサイラムに戻る。
イザベラさん達からお礼だと言って金貨を貰ったので3人で食事を取ることにした。
この世界に来て王様の館以外でまともな食事を取るのは初めてだった。
開いている食堂は1軒しかないのでそこに入る。
表通りにある昼間は閉まっていた食堂だ。開店中の店内はそれなりに賑わっていた。
やはりどんな状況でも市民は娯楽を求め人がいる場所に集まりたがるんだな。
料理の味も悪くなく俺達も自然と笑顔になり話が弾む。
暫くしえ未可子がトイレに立つ。
思いがけず北条さんと2人きりになってしまい緊張する。
「悠介君と佐藤さん、息ぴったりだったね」
北条さんがイタズラっぽく笑う。とても可愛い。
「あーあ。私も魔法の説明ちゃんと聞いておけばよかったなぁ。そしたら悠介君と一緒に戦えたのに」
「北条さんは…いてくれるだけで勇気が出るよ」
俺は精一杯の言葉を口にする。
「ふふ。本当?嬉しいなぁ…」
北条さんが上目遣いで覗き込んでくる。その顔がまたとびきり可愛くて目を合わせられない。
「でも…悠介君て、本当は佐藤さんの事が好きなんじゃないの?」
北条さんの表情が突然曇る。
「えっ!?えぇ?何で?未可子とはただの幼馴染だよ!腐れ縁ってやつ…」
俺は北条さんの言葉を慌てて否定する。
「そうかな?そうは見えないけどなぁ…」
北条さんが俯く。
俺は高校入学当初の事を思い出していた。
入学当初は友達もおらず、つい気安い仲の未可子と良く話をしていた。俺も未可子も人見知りなのでそうなるのは必然だった。
その日は放課後に寄る所があって教室で時間調整をしていた。未可子も同じように何か用事があるとかでたまたま2人で放課後の教室で話をしていた。
そこに、何か忘れ物をしたのか北条さんが入ってきた。
「あっ!?ごめんなさい…お邪魔だったかな?」
北条さんは苦笑いをして自分の席の引き出しから何かを取り出すとそのまま逃げるように教室を出ていった。
突然の事に俺も未可子も何も言えず、ただ北条さんの動きを目で追うだけになってしまった。
もしかしたら北条さんはあの時の事をまだ覚えていて、それで俺と未可子の事を勘違いしているのかもしれない。
でも俺が好きなのは北条さんだけだ。未可子の事は誤解なんだ。今日ここではっきりさせないといけない。
「あの…北条さん…俺が好きなのは…」
俺が意を決して気持ちを伝えようとした、その時に北条さんは席を立つ。
「私も…トイレ…」
北条さんは逃げるように立ち去る。
「ただいま〜」
入れ替わるように未可子がトイレから戻って来る。
「そうだ!鈴木君!今日の戦闘で思ったんだけどね、私の魔法って基本的に牽制にしか使えないでしょう?だから鈴木君は戦闘開始の時点ではもう少し安全な所にいた方が良いと思うんだよね」
未可子は席に着くなり早口で捲し立てる。
「それで、魔獣を私の方に引きつけてから鈴木君の剣で倒すの。今の戦い方だと鈴木君が危険すぎる。私は案外素早いし、いざとなったら鈴木君のマヌスフォス…ウォロで遠い所からでも助けてもらえるから。本当だったら私の炎が魔獣を倒せるくらい強ければ良いんだけどね…って聞いてる?」
返事をする隙間も無く喋っていたくせして未可子は不満げに俺を見ている。
「聞いてるよ…未可子は相変わらずだな」
俺の苦笑に不思議そうに首を傾げる未可子。
「まぁ、未可子の案は悪くないけど、やっぱり未可子に引きつけさせるのはちょっと怖いな。今日みたいに敵が3匹いたりすると互いの援護が行き届かない可能性もあるし…」
「そっかぁ。やっぱり私の攻撃力が上がらないと難しいかぁ…」
「俺も剣技の鍛錬とかしてみるよ」
「だね。もしかしたらもっと強い敵も現れるかもしれないし…」
「だな…って…北条さん遅くないか?」
「…そういえばそうだねぇ…。っていうか、北条さん鈴木君のこと悠介君って呼ぶようになったよね」
未可子は何か言いたそうに覗き込んでくる。
「今はそれはいいだろ。悪いけどトイレ見てきてくれないか?」
俺に言われて未可子はトイレに北条さんを探しに行くがトイレにその姿はなかったという。
「先に帰ったのかな?」
未可子は不安気に呟く。
トイレに立つ直前の北条さんの表情が頭から離れない。あの悲しそうな顔。
北条さんは俺と未可子の仲を誤解して、気を遣って先に館に戻ったのかもしれない。
「あり得るな。どちらにしても店内にいないならあとは館しかあり得ない。とりあえず戻ろう」
会計を済ませて店を出る。通りは真っ暗で人通りもほとんど無い。
「ちょっとよろしいか?」
館に向かって歩いていると老婆に呼び止められる。
老婆は杖をついて、フードを目深に被っている。
「これを、そなたに渡せと言われてな…」
老婆は震える手に握りしめた紙をこちらに差し出す。
俺は戸惑いながらそれを受け取る。
老婆は何も言わずに俺に背を向け歩き出す。呼び止める間もなく老婆の背は夜の闇に溶け込んで行った。
俺は受け取った紙を開き目を瞠る。
『女を返してほしければロンダート教会に来い』
紙にはそれだけが書かれていた。
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