第16話 教会調査

『ミレーヌ…聞こえる?』


「…!?ソフィアか!?」


『よかった…テレパシーが通じた…』


「ソフィア!頑張れ!今!今助けに行く!」


『いいの…ただ、貴方の目の前で辱められるのは嫌なの。…お願い。私を綺麗な身体のまま死なせて…』


「ソフィア!何を言っている!?」


『お願い。この人たちは私を汚してベルトロスに捧げるつもりです。だから貴方の力で私を殺して』


「馬鹿な!私の力でその周りの人間全てを殺して…」


『いけないわ。ミレーヌの力は人間を救うためだけに使って…ね?お願い。私1人が死ねばそれでこの騒ぎも収まる…』


「…ソフィア…本気か?」


『ええ。この人たちだって正気に戻れば善良な人たちのはずです。お願い…ミレーヌ…』


「…できない。君を殺すだなんて…そんなこと…」


『あぁ…ミレーヌ。群衆達が私を辱めようともうすぐそこまで…。この磔台が倒されれば私だけを狙い撃ちすることはできなくなるわ。お願い…ミレーヌ…早く…』


「う…うぉおおおお!ソフィアー!!…くっ…マヌスフォス・ウォロ!!」


「うぉ!なんだこいつ!光の剣を撃ち出しやがった!?」


「一直線に女に飛んでくぞ!?」


『…ありがとう…ミレーヌ。貴方と過ごした日々…楽しかったわ…』


「ソフィア…愛してる。何度生まれ変わろうとも私は君を愛する!」


『私もよミレーヌ。愛してる。さようなら…』


「女が…」


「死んだのか?」


「こ、これではベルトロス様から魔法の力を授かれないではないか!」


「こいつのせいだ!」


「殺せ!」



「…!?ミレーヌ様!?いやぁあああ」



「うわぁあ!?」


 慌てて飛び起きる。

 腹に刃物が刺さる嫌な感触が今でもまだ残っている。


 今日はやけにリアルな夢だった。自分の血が流れ出る場面が今でも目に焼きついている。


 高木も二階堂も隣のベッドで眠りこけている。幸せそうな寝顔だ。なんだか羨ましくなる。


 それにしても連日見るこの夢は何なのだろうか?バラバラのようで話が続いているようにも感じる。なんとも朧気な記憶だけで全体像はつかめない。


 着替えて部屋を出る。未可子と北条さんとは玄関で待ち合わせている。

 この世界には時計が無いので待ち合わせると言っても朝とか昼とか、そういうアバウトな感じだ。


 玄関にはすでに未可子と北条さんがいた。北条さんは腰にレイピアを下げている。


「自分の身くらいは守れないとね」


 北条さんはそう言って照れ笑いをした。


 今日から麻薬の出所を探る調査を開始するために教会を見張る。

 教会を出入りする人物の行き先に麻薬の製造元が含まれているはずだと考えた。


 しかしいざ教会を見張ると言ってもなかなか難しい。そもそも俺達は元々ただの高校生だ。相手に気付かれずに監視するだとか、そういう技術は持ち合わせていない。


 散歩するふりをして教会の前を二往復ほどしてみたがそんな程度に核心に迫れるはずもなく、ただ不審な3人組になっただけであった。


「これは…想像以上に難しいな」


 教会から少し離れた路地で3人でしゃがみ込む。


「うん。教会の周りに身を隠せる場所もないし…」


 未可子が俺の言葉に相槌をうつ。


「困ったねぇ…」


 北条さんはだいぶお疲れのようだ。


「一度作戦を練り直そう…」


 俺の言葉に2人が頷く。



『ガラガラガラガラ』


 やけに大きな車輪の音をたてて馬車が2台大通りを行く。


 俺は何の気無しにその馬車の幌を見る。


「!?」


「どうしたの?鈴木君」


 突然立ち上がった俺に未可子が驚いて声をかける。


「双頭の蛇だ…」


 そう。今まさに目の前を行く馬車の幌には双頭の蛇の紋章が大きく描かれていた。

 それは王様の部屋にあった麻薬の箱にも描かれていたものだ。


 俺は大通りと並行する路地を馬車と並行するように走り出す。

 静かな街を大きな音をたてて走る馬車を見失う心配はない。


「悠介君!」 


「ちょっと待って!」


 北条さんと未可子が追いかけてくる。


 城門を出ると林道を行く馬車を距離を置いて追跡する。

 幸いさほどスピードは無く歩く速度でも離されることはない。


「鈴木君…どうしたの?」


 少しだけ息を切らした未可子は非難がましい声をあげる。


「あぁ…ごめんな。あの馬車の幌に描かれた紋章…見覚えないか?」


「えっと…あ!あれって王様の館のいろんなところに描かれていた紋章?」


 北条さんは少しだけ考え込むそぶりをしてから言う。


「俺もそう思って…となるとあの馬車の行き先も王様と教会に関係あるんじゃないかってね」


 俺の言葉に納得したのか未可子も北条さんも黙ってついてきた。


 林道を暫く歩くと段々周りの木がまばらになって視界が開けてくる。


「あ。悠介君…」


 北条さんが指差した方向を見ると馬車が2台とも停車している。


「何かあったのかな…?」


 未可子が不安気に俺の方を見てくる。


 3人で近くの木に隠れて様子を窺う。


 馬車の周りを兵士が取り囲む。どうやら馬車の積み荷を確かめているようだ。


「納品してきたはずだろう?何でこんなに積み荷があるんだ!?」


 兵士は訝しげな声をあげる。


「それがよう、……の奴がまた教会から苗を仕入れてきたからここに運べとよ」


 馬車の御者がうんざりした声をあげる。人の名前を言ったようだがここまでは聞こえなかった。


「はぁん。おのお方もがめつい人だ。まだこの農場を広げようってのかね?そろそろ人員も足りなくなるぜ」


 苦笑する兵士。


「何でもまた人員補充するみたいだぜ」


「またかよ…いい加減市民どもに気づかれるんじゃねぇか?」


「まぁ俺達は言われたことをやるだけだ。じゃあ通るぜ」


「だな。おう!またな」


 点検が済んだのか馬車は再度動き出す。


 俺達も後を追いたいが、その先には柵があり見張りの兵士が立っている。


「これ以上は近付けないな…」


「とりあえずここで柵を出入りする人たちの様子を見る?」


 俺の言葉に未可子が反応する。


「それしかないな…何か情報が手に入るかもしれない…」


 暫く繁みから様子を窺っていると一頭の馬が近付いてくる。


「こ…これは!……様!?このような所に!?」


 見張りの兵士は慌てた様子で敬礼をする。


「異常は無いか?」


 独特のくぐもった声には聞き覚えがあった。


「あ…教会の人だ…」


 隣で未可子が小さく呟く。


 そう。馬で現れたのは街の教会で俺達を追い返したあの長身の覆面。教会の幹部だった。


「はい!異常ありません」


「そうか…」


 幹部は唐突に周囲を窺う。


「ヤベッ!」


 俺は慌てて繁みの中に身を隠す。北条さんと未可子も同じように姿勢を低くしている。

 一瞬目が合ったような気がしたが…バレたか??


「油断無く見張れ…役立たずに用はない」


「はい!」


 幹部は敬礼する兵士をちらりとも見ずに柵の中に馬を進めた。



「あっぶね〜」


 俺が息を吐くと北条さんと未可子さんも安堵の息を漏らす。


「バレたかと思ったね」

「ね。それにしても不気味な覆面だったね」


 未可子と北条さんが頷き合う。


「とにかくこれでこの柵の内側が教会と関係あることが確認できたな…」



「おい!交代だ!」


 声がしたので再び繁みから顔だけを出して柵の辺りを窺う。

 見張りの兵士と、もう一人兵士がいた。


「あれ?早くないか?」

 

「そうなんだが、タ……様が交代しろとよ」


「ならお言葉に甘えるか」


「そろそろ労働力が届くらしいぜ」


「そうは言っても、もう街には働き手なんてロクに残ってないだろ?」


「あぁ…だからよ、ポートカルネから連れて来るらしい」


「ポートカルネから…うちの大将もえげつねぇな」


「あんな薬草を作るために大袈裟なこった」


「あれは禁制の薬なんだろ?バレたら俺らもやべぇんじゃねぇか?」

 

「だから、その前にこの辺一体を薬漬けにして教会の領土にしようとしてるのよ」


「結局は教会の勢力争いの道具かよ…」


「まぁ、そう言うな。そのおかげで俺達は飯を食えている」


「まぁな…とにかくこの薬草畑を守ってれば良いって言うんだから、それだけやっとくさ」


「そう言うこった。じゃあな」


「おう!よろしくな!」



 元々いた見張りの兵士は柵の奥に引っ込んで後から来た兵士が見張りに立つ。


「ここで麻薬が栽培されてるのは間違いなさそうだな…」


「しかも麻薬漬けにする…って」


「教会がいよいよ本性を現してきたって感じだな…」


「ポートカルネから労働力が届くって言ってたけど…」



『ガラガラガラガラガラガラ…』


 言っているそばから馬車が近付いて来る音がする。顔を出して様子を窺おうとした、その時だった。


『ぐるるるる』


 と獣が唸る声がする。そちらに目を向けると林の奥から魔獣がのそりと姿を現した。

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