第14話 地方長と教会幹部

 翌日も俺は未可子を連れて街に出る。


 顔を合わせた時は気まずかったが、戦闘の時に互いにどう動けば効果的かを話合っているうちに微妙な空気も解消されていった。


「ん?あれってもしかして教会?」


 未可子が遠くを指さす。


 未可子の指の先を目で追うと確かに教会っぽい建物がある。

 俺達の世界では十字架がついてる部分に双頭の蛇の像がつけられている。


「ちょっと行ってみるか」


 

 その建物の前には馬車が停まっていて教会から馬車に幾人かが忙しなく荷物を運び込んでいる。


 近づいて見てみるとその荷物は木の箱だった。その箱にも双頭の蛇のマークがついていた。


「何をしている?」


 くぐもった不気味な声がして俺と未可子は慌てて振り返る。


「ひっ!?」


 未可子が悲鳴をあげる。

 俺も声が出そうになった。


 そこには黒いマントを身に纏った人間が立っていた。スラッとしていて背が高いのでおそらく男だろう。

 というのもその人間は鳥の嘴のようなものが付いた異様なマスクを頭から被っているので人相がまったくわからないのだ。

 その上そのマスクのせいだろうか?声がくぐもって聞こえて元の声はわからない。


「ここはロンドベイル教会ですか?」


 俺は思い切って聞いてみる。


「正しくはベルトロス教会だ。この教会は地方長直轄の由緒正しき教会…お前ら如きが足を踏み入れて良い場所ではない!」


 高圧的に話すマスク人間は聞き慣れない言葉を口にした。


「地方長?」


「地方長とは帝国の中に5人しかおらぬ高貴な御方だ。私はその地方長の命を受け直轄の教会をこの地に建てたのだ」


「なるほど…」


 つまりこのマスク人間はベルトロス教会の幹部ってことか…。これはきな臭い。


「気が済んだらさっさと立ち去れ。邪魔だ」


 教会から随分離れてもその幹部の視線を背中に感じていた。




「随分警戒してたな…」


「うん。…でもその割にはいろいろ話してくれたね」


 歩きながら未可子は相槌をうつ。


「地方長っていうのがかなり権力を持っているんだろうな…その地方長の直轄教会を建てさせるんだからサイラム王と地方長はズブズブってことか?」


「確かに…もうこの国はベルトロス派からは離れられないのかな…」


 未可子は少し悲しそうにしている。



「おう!悠介!未可子!」


 道の向こうから馬に乗った一団が近付いてくる。

 先頭で手を挙げているのはアルベルトさんだ。


「アルベルトさん。巡察ですか?」


「うむ。最近行方不明者が多いと聞いてな、街の治安を守るのも我々の役目だ…小休止!」


 アルベルトさんは馬を俺達の前で止めるとそう言って自身も馬から降りる。


 部下の騎士たちもめいめい馬から降りて道の脇に腰を降ろす。


 アルベルトさんが木陰に腰を降ろしたので俺と未可子もそれにならってアルベルトさんの隣に腰を降ろす。


「部下達も不安なのだ…」


 アルベルトさんが声を潜める。


「部下達の中には親戚がポートカルネに住んでいる者も多い。もしポートカルネと本当に戦になったらどうすべきかと悩んでいる者もいる」


「戦に反対はしないのですか?」


「我々は騎士だ。王のために忠誠と生命を捧げる。正当な理由も無く戦に反対することなどできん」


「騎士とは窮屈なものなのですね…」


「わっははは!窮屈とは言い得て妙だ!その通り。我々は窮屈な鎧で身を守り、窮屈な思いをしてでも主を守るのよ」

 

 俺の言葉にアルベルトさんは大きな声で笑う。しかしすぐに表情を引き締める。


「とはいえ、本当に戦うべきか私自身も迷っている。…戦わずに済むのならばそれに越したことはない」


 アルベルトさんは寂しそうにそう言うと部下に号令して馬に乗って去っていった。


 やはりどの時代でも、そしてどの世界でも戦争で苦労するのは戦争を始めた人ではない、戦う人たちと一般市民たちだ。


 特に行く当てもなくなったので館に戻ると、庭にはこの国の姫、シャーロットがいた。浮かない顔で木陰に腰掛けている。


 俺達に気付くと小走りで駆け寄ってくる。


「お待ちしておりました…今少しよろしいですか?」


 深刻な表情で言うシャーロットに否とは言えずに3人で木陰に腰を降ろす。


「…いよいよ戦が始まるようです…」


 シャーロットは搾り出すような声で呻く。


「そうか…」


「驚かないのですね…」


 シャーロットには申し訳ないが、イザベラやアルベルトの話を聞いていたので驚きはない。


「どうにか…どうにか戦を止めることはできないのでしょうか?父だって元はミレーヌ派…戦などは嫌いだったはずなのです…」

  

 シャーロットは目に涙を溜めて俺と未可子の顔を見る。


 年端もいかない少女が戦を止めようと願っている。

 しかもそれは愛する許嫁がいる国との戦だ…。その気持ちは痛いほどわかる。


 俺には関係ない。俺にはどうしようもない。とは、言えないし言いたくなかった。


「シャーロット姫、わかりました。私達でどこまでお力になれるかわかりませんが、とにかく王様と一度話をしてみます」


「本当ですか!?」


 俺の言葉にシャーロットは愁眉を開く。


「なんの力もない俺達の言葉がどれほど王様に届くかわかりませんが、やるだけやってみます」


 俺は頷いて腰を上げる。


「ありがとうございます!」


 シャーロットがお辞儀するのに頷き返して王様に会いに向かう。


 まずはターナーを探す。

 いきなり王様に会うわけにはいかない、まずは執事に話を通すべきだと考えたからだ。


 しかし館のどこを探してもターナーはいなかった。


 仕方なく俺は一人で王様の部屋に向かう。未可子は念の為部屋に返した。


『トントン』

 

「鈴木悠介です」


 ノックをしてから名乗る。


「入れ」


 中から王様の声がする。


「失礼します!」


 王様の部屋に入ると甘ったるい妙な匂いが鼻腔をくすぐる。…何の匂いだ?


「おう。これは英雄殿御一行のお一人ではないか。どうなされた?」


 椅子にふんぞり返ってへらへらと笑う王様に威厳は感じられない。


「王様…無礼を承知でお願いいたします。戦争を止めてくれませんか?」


 俺は単刀直入に言う。回りくどい言い方をして説き伏せられるほど俺と王様に信頼関係はない。ならばいっそ怒らせて本音を聞いてみたいと思った。


「無理だ」


 意外にも王様は冷静に短く答える。


「何故ですか?ポートカルネとは姫君の婚約もあったと聞きます」


 王様はまたへらへらと笑う。


「婚約は婚約だ。まだ婚礼の儀は挙げておらんからな。問題ない」


「しかし姫君は悲しんでいます」


「ガキの感傷に付き合っていたら国が滅びる。そんなくだらん話をするために来たのなら去ね!」


「ガキの感傷だけで言っているのではありません。ポートカルネと戦になればこのサイラム国も無傷では済みません。ポートカルネには義勇兵が集まっているという噂もあります。想像以上に苦戦する可能性も…」


「ふんっ!義勇兵の情報などとっくに知っておる。しかしそれはターナーが…まぁいい。とにかくポートカルネなぞには負けん。いらん心配をするな!そもそもお前は騎士団にも入らん部外者ではないか」


 王様はイライラとした様子を見せて机の横に積んである箱を開けて中から何かを取り出している。


 その箱には見覚えがあった。あの形…そして双頭の蛇の紋章…先ほど教会で馬車に積み込まれていたものと同じに見える。


 王様は箱から取り出した物をパイプに詰めてマッチで火をつける。


 この部屋に入った時に感じた甘ったるい妙な匂いが一際強くなる。


 パイプを大きく吸ってぷかりと口から煙を吐く。


「ふぅ…」


 王様は恍惚の表情を浮かべる。


「すまんな…大人げなかった。部外者は言い過ぎた。ポートカルネとの戦はもうすぐだ、力を貸してくれ?な?」


 穏やかな表情で俺を諭してくる王様。


 なんだ?この急な変化は。


「あの…王様?今その箱から出したものは何ですか?」


「ん?ああ、お主には関係ないものら…」


「でも…それって教会の…」


「らから!おぬひにははんへいはい!」


 何故か急に王様の呂律がおかしくなる。よく見れば王様の目もおかしい。俺と話しているはずなのに焦点が定まっていない。


「だ…大丈夫ですか?王様…」


「うるひゃい!」


 王様はまたパイプに口をつけて大きく吸い込む。


「ふぅ…いやすまん…そうだな。この箱の中身が知りたいのか?」


 王様はまた冷静になると立ち上がり、箱に手をかけこちらを見ている。


「これはな。この帝国でも限られた者しか手に入れる事のできない薬草だ…これを使えばどんな痛みも、どんな苦しみも即座に消えて無くなる。まさに魔法の薬草だ」


 それって…


「それって麻薬なんじゃ…」


「おう!魔薬とは言い得て妙じゃ。どうだ?どのように魔獣を倒したのか正直に言って我が配下になれ。そうしたらこの魔薬をお前にも分け与えてやろうぞ」


「王様はどうやってその麻薬を?」


「教会が売ってくれるのだよ。…と言っても儂だから売ってもらえるのだ。地方長と懇意にしている儂だからな」


「領民から無理やり徴収した金でこんな物を買っているなんて…」


「貴様!随分と偉そうな口を叩くではないか!図に乗るなよ!」


 王様が怒っているのは頭では理解している。このままいけば自分の身が危ういことも…。それでも俺は王様以上に怒っていた。


「目を覚ましてください!こんな薬のために市民を疲弊させ、娘を悲しませて、王様自身だってそんなこと望んでいるはずありません!」


「黙れ!こっちがちょっと優しくしてやればつけあがりおって…わかった。貴様はもういい。おい!マルス!出てこい」


 王様が大きな声で呼ばわると一人の男がのそりと現れる。その手には抜き身の剣が握られていた。


「マルスよ。この生意気なガキを斬れ!」


「我が王の仰せのままに…」


 王様の命令にマルスと呼ばれた男は不気味な笑みを浮かべ、俺に向き直る。


「くっ…」


 頭に血がのぼってちょっと言い過ぎたか…どうする?逃げるか?


 マルスがゆっくりとこちらに歩みを進める。


 魔法剣で応戦するか?しかし人間相手に戦えるか?


 マルスが立ち止まり剣を上段にふりかぶる。


 ダメだ。こんなところで終わりか…。


 マルスの剣が振り下ろされる。


 俺はきつく目を閉じた。


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