第12話 皇帝と教会

「その前に…マスター!いつもの!」


 イザベラは手を挙げて大きな声で注文すると席を立ってカウンターに向かう。


 マスターは何も言わずに酒を注ぎ、グラスをイザベラに手渡す。


 ほくほく顔で戻ってきたイザベラは酒を一口飲むと真面目な顔で語り始めた。


「このサイラムも隣のポートカルネもヴァーミリア帝国に属する国なんだ、そしてそのヴァーミリア帝国の皇帝はロンドベイル様の子孫の家系が代々務めている」


 なるほど、皇帝は神の血筋ということか…。


「皇帝陛下は様々な魔法が使えて、帝国内で絶大な権力を持っているんだ。魔法の継承は一子相伝、つまり皇帝陛下しか使えない…はずだった」


「だった?つまり今は…」


「順を追って話すからちょっと待って」


 俺の相槌にイザベラは手を挙げてそれを制す。


「今までは皇帝陛下による権力の暴走を起こさないためにロンドベイル教会が皇帝と時に協力し、時に対立しながら政治を行ってきたんだ」


 イザベラはグラスを置いて長く息を吐く。

 再びグラスに口をつけて一口酒を飲むとイザベラは続ける。


「しかし数年前のこと。先帝が急病で崩御し、幼い皇子が現皇帝になった。と、同時にミレーヌ派の教会幹部がベルトロス派の教会幹部によって教会を追放される事件が起き、教会からミレーヌ派が一掃されたんだ」


「その頃から教会はベルトロス派に属する信徒達に皇帝陛下だけに許されるはずだった魔法の力を分け与えるようになった…」


「そんなことをすれば皇帝陛下がゆるさないんじゃ…」


 俺が呟くとイザベラは力無く首を横に振る。


「いや、幼い皇帝陛下には教会に抗う力もなく、忠義に厚い側近はベルトロス派によって粛清されてしまった」


「ひどい…」


 未可子が呟く。


「そこからはミレーヌ派は急激に力を失って、今じゃほぼ異端扱いだよ」


「でも、ベルトロス派になって得をするのって王様とか、偉い人だけですよね?一般市民には恩恵がなさ過ぎません?」


「その通り。だから一般市民にはミレーヌ派を心の中で支持している人間がたっくさんいる」


 イザベラは『たっくさん』の部分を強調して言ってから続ける。


「帝国はミレーヌ派の国に対して重税を課す決定をするって噂があってね…その決定に従わない国は帝国軍によって攻め滅ばされるんだとさ」


「じゃあ…ポートカルネもベルトロス派に改宗するしか…」


「そう、それか帝国に抗うしかない…」


「帝国に抗うって…そんなこと可能なんですか?」


「可能かどうかじゃない…やるしかないんだよ。そのためにミレーヌ派の信徒達が義勇兵を募ってポートカルネに集合している。私もそれに参加しようと思う」


「義勇兵って。大丈夫なんですか?危ないんじゃ…」


「そりゃあね。危険は承知の上」


「みんな、それほど追い詰められてるってことですね…」


「ま、そういうこと。…できれば君達とは戦いたくないなぁ」


「当たり前です!何があってもイザベラさんとは戦いません」


「そうだね。そうならないように祈ることにするよ」


 イザベラさんは息を吐きながら笑うと残りの酒を一気に飲み干した。



 イザベラさんの背中を見送って俺達は館に向かう。


 歩きながらイザベラさんの話を整理する。


 このサイラムという国は権力と魔法の力を欲してベルトロス派に改宗した。

 一方、隣国ポートカルネはミレーヌ派のまま。

 

 しかし皇帝が、なのか、ベルトロス派が、なのかは不明だが、ミレーヌ派の国を討伐するという。


 それを良しとしない市民たちがポートカルネで武装蜂起しようとしている。イザベラさんはそれに参加しようとこの街を出て行った。


 やはりおかしいのはこの国…というかベルトロス派だ。

 俺は…俺達は、このままこの国にいていいのだろうか?


 館に戻ると丁度訓練を終えた高木と二階堂、そして北条さんが階段を上がっていくところだった。


「おう!鈴木、お前朝寝坊しただろ?」


「俺達を見習えよ!今や俺達はこの騎士団の英雄だぜ!」


「そうだ!俺と竜二で魔獣を倒したって評判になってるぜ!」


「鈴木のせいでピンチに陥ったけど、俺達の剣技のおかげで魔獣を倒したって騎士たちもみんな褒めてくれたんだぜ」


 高木と二階堂は口々に自慢してくる。…いや、お前ら記憶改竄する特殊能力持ってるのか?


 まぁいい。こいつらと話をしなければならない。


「高木、二階堂、それに北条さんも…少し話せる?」

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