第11話 おかしくなっていく国

 館に戻ると玄関にはターナーが立って待っていた。


「ご無事のお戻りで…遅いので心配しましたよ」


 ターナーはさほど心配してた風でもなく頭を下げる。


「先に戻ったお三方によると魔獣は高木様と二階堂様が剣で討ち取ったと仰っていましたが…誠ですか?」


 この確認をしたくて俺達のことを待っていたのだろう。ターナーはアルベルトさんの目をじっと見ている。


「ああ!その2人が魔獣を倒した!私はこの目でみたぞ。見事な剣技であった」


 アルベルトさんは笑顔で頷く。


「しかし…私が受けた印象では彼らにそこまでの剣技は…」


 ターナーは高木と二階堂が魔獣を倒したということを信じられないようだ。

 実際あの2人に魔獣を倒すのは不可能だろうからターナーの読みは正しい。


「まさに!そこが不思議なところよ。私が彼らと立ち会えば10回やって10回私が勝つだろう。しかし、魔獣相手だと彼らは鬼神のように強い。あれは才能と呼ぶしか無いだろうな」


 アルベルトさんは息を吐くように嘘を吐く。


「…そうですか…。おや、鈴木様はお怪我をされているようですね」


 ターナーはあたかも今気付いたかのように俺の全身を舐め回すように見る。


「あはは…2人の足を引っ張ってしまいました」


 俺が情けなく笑うとターナーは何も言わずに俺の顔をじっと見てから溜息を吐く。


「わかりました。お疲れ様でした」


 ターナーはそれだけ言うと廊下の奥へと立ち去った。


 アルベルトさんも騎士団の宿舎へと戻っていった。


 食堂には高木と二階堂が食い散らかした食事の跡があった。

 パンは手つかずで残っていたので俺と未可子はそのパンを食べて寝ることにした。


 部屋に戻ると高木と二階堂は鼾をかいて寝ていた。


 俺も戦闘の疲れからベッドにもそもそと入り込むや夢の中に引きずり込まれた。



「ソフィア!?どこだ?ソフィア!返事をしてくれ!」


「くっ、この部屋にもいない…まさか1人で畑に行ったのか?」


「ミレーヌ様…」


「メイリーン!ソフィアを知らないか?」


「申し訳ありません!」


「メイリーン!?何か知っているのか?」


「お止めしたのですが…ソフィア様がどうしても畑の様子が気になるからと…」


「やはりか!くっ…!」


「ミレーヌ様!この嵐です!危険です」


「ソフィアの身に何かあったらどちらにしろ私は生きていけぬ!」


「ミレーヌ様…」



 目が覚めると窓から陽の光が挿し込んでいた。陽の角度的に昼近いのかもしれない。


 高木と二階堂は既にベッドには居なかった。騎士団の訓練に行ったのか。


 着替えて廊下に出ると丁度未可子も部屋から出てきたところだった。


「寝坊しちゃったみたいだね」


 未可子がいたずらっぽく笑う。

 未可子も昨日の戦闘で魔法を何度も使ったから疲れていたのだろう。


「とりあえず、また街に出てみるか」


 俺が言うと未可子は頷いて俺についてくる。




 やはりこの街は人通りが少ない。おそらく昼時だというのに食事を出す店が開いている様子もない。


「鈴木君…あれ」


 未可子が指さす方を見ると小学生くらいの女の子が1人、通りの端で座り込んでいる。


 俺と未可子は顔を見合わせて小走りでその娘に近づく。


「大丈夫?どうしたの?」


 未可子が声をかけるとその娘が顔をあげる。その娘は目を真っ赤に泣き腫らしていた。


「お父さんが…いないの…」


 女の子の呟きに未可子は背中をさすりながらゆっくり頷く。


「街の外に食べ物を取りに行くっていったきりなの…」


「うち、お金無くて、私が…ご飯食べたいって言ったから…お父さん…」


 女の子はそう言うとまた大きな声で泣き出してしまった。


 この街の困窮がそこまでだとは思わなかった。


「お名前は?言える?」


 未可子はその娘の泣き声が小さくなってきたのを見て名前を聞き出す。


「…アンナ…」


「アンナちゃん…良いお名前ね。アンナちゃんのお父さんのお名前は?」


「…お父さん…」


「そっか、アンナちゃんのお父さんはお父さんだもんね。そうだよね」


 未可子は俺の方を見あげてくる。

 うーん。どうしたものか…困ったな。この娘の父親を探そうにもなかなかなぁ。


「アンナ!」


 その時通りの向こうから女性の声が聞こえる。


「おばちゃん!」


 アンナも立ち上がってその女性に駆け寄る。


「良かった!アンナ!突然いなくなるから…」


 女性はアンナを抱きしめると頭を撫でる。


「すいません、姪がご迷惑を…」


 女性はアンナのお父さんの妹だった。アンナのお父さんが街の外に出ている間預かっていたが、ちょっと目を離した隙にアンナはお父さんを探しに家を出てしまったのだそうだ。


 その女性によるとアンナの父親のように街を出て稼いだり食糧を調達しようとした人間はたくさんいるが誰も帰って来ないのだという。

 しかしこの街に居ても食べて行くことはできない。危険を承知で皆街を出るのだそうだ。


「ありがとうございました」


 女性はアンナと手を繋いで頭を下げて去って行った。


「…やっぱりこの国はどこかおかしいよ…」


 未可子が2人を見送りながら呟く。


「…そうだな」


 俺もそれに心から同意する。


 普通に暮らしていくことさえできない国を国と呼べるのか?


 アンナの泣き声が頭から離れなかった。


「あっれー?お二人さん!」


 後ろから声をかけられる。

 振り返るとそこにはイザベラがいた。相変わらず美人だ。


「イザベラさん!」


「よっ!何してるの?こんなところで」


「いや、今ちょっと迷子を」


「ふーん。あれ?ユウスケ怪我してるじゃん」


 イザベラは俺の腕を見て言う。


 昨日の戦闘で肩から腕に出来た傷が半袖から見えてしまっていた。


「大丈夫?うわ。痛そう…」


「大丈夫です、見た目ほど痛くないっていうか」


「本当?とにかく手当てしようよ!ついておいで」


 イザベラは踵を返すと歩き始める。


 未可子を見ると仕方なさそうに頷いたのでイザベラに付いて行く。


 バーに入って行くイザベラ、マスターに何かを告げるとカウンターに箱が置かれる。救急箱みたいなものだろう。


 席に座るとイザベラが箱の中から消毒液らしきものや包帯などを取り出す。


「はいはい、そこ座って…うーん。上脱いじゃおう、服着てるとやりにくいわ」


 イザベラに言われて上半身裸になる。

 何故か未可子が目を逸らす。


「おぉ!良い身体してんじゃん!私は好きな体型だよ」


 …別に普通だと思うけど… 


「んん?この傷…まさかまた魔獣とやったの?」


 イザベラは消毒液を吹きかけながら問いかけてくる。


「傷口だけでわかるんですか?」


「わかるよ。仲間が何人もこの傷跡が原因で死んだからね」


 なんか、悪いことを聞いた。


「でもこれだけの傷で済むなんて、ユウスケはついてるね」


「未可子のおかげです。未可子の援護がなければもっとボロボロでした」


「そんな…」


「ほうほう!君たちの戦い方もレベルアップしてるのかな?…っと、ほい。これで取り敢えずいいでしょう」


 傷口に包帯を巻いてくれたイザベラは俺の肩をポンと軽く叩く。


「ありがとうございます!」


 俺は服を着ながら礼を言う。



「最後に君達に会えてよかったよ」


「最後?」


「うん、私はこの街を出る」


 イザベラは少しだけ寂しそうな顔をする。


「え?…何故?」


「うーん。この国には愛想がつきたってところかな…まぁ、正直これからは帝国内でまともな国なんてどんどん無くなっていくんだろうけどね」


「どういう意味ですか?」


 俺が聞くとイザベラは目を閉じて沈黙する。、


「そうだね。君達には話しておいた方がいいね」


 イザベラは目を開くと一つ頷いた。


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