第10話 騎士団長の名はアルベルト

「おい!女を出せ!」


「何故だ?何故ソフィアを狙う?」


「ベルトロス様のところにその女を連れて行けば魔法の力を頂けるのだ!よこせ!」


「やめろ!そんなことをして力を手に入れてどうする?」


「うるさい。いいから女を出せ!」


「ここにはいない!帰れ!さもないとお前たちを殺さなければならなくなる」


「…ちっ。灌漑だかなんだか知らねぇが偉そうにしやがって。覚えていろよ」



「ミレーヌ…帰ったの?」


「あぁ…ベルトロスめ、人間を唆し悪事に手を染めさせようとしている…」


「何故私なのでしょう?」


「…わからない…が、私のせいかもしれない…」


「ミレーヌのせい?何故?」


「ベルトロスは私を憎んでいるのかもしれない。それで妻であるソフィアが…」


「あら、それじゃベルトロスさんは私とミレーヌの仲に嫉妬してるんじゃないかしら?うふふ」


「あはは!ソフィアには敵わないなぁ。…でもこれからは1人で行動してはいけないよ?必ず私と一緒に行動しておくれ」


「わかったわミレーヌ」



「お。気付いたか?」


 目を開けると騎士団長の心配そうな顔が俺を覗き込んでいた。


「あれ?俺…」


 そうだ、魔獣との戦いで足に傷を負って…


「あっ痛!」


 身体を起こそうとすると太ももに激痛が走る。


「おい、無理するな」


 騎士団長が慌てて俺の肩を押さえて地面に寝かせる。


「鈴木君…大丈夫?」


 北条さんが心配そうに声をかけてくれる。


「魔獣は?」


「倒したよ。すごかったね鈴木君」


 俺の問いかけに未可子が答える。


 よかった。無事に魔獣は倒せたのか。


「ったく!鈴木のせいで俺達死にそうになったんだぞ!」


「本当だよ!しっかりしろよな!」


 高木と二階堂も無事みたいだ。


「おい、俺達腹減ったから帰るぞ!」


「鈴木は後からゆっくり帰ってこいよ…いくぞ、朱音」


「えっ?でも…」


「いいから、いくぞ」


 高木が北条さんの腕を引いて歩き始めると、北条さんも力無く歩き始める。


「道はわかるか?」


「一本道ですから!大丈夫です!」


 騎士団長の言葉に二階堂が手を挙げて答える。




「随分と素敵なご友人をお持ちのようだな」


 3人の背中がだいぶ遠ざかった頃、騎士団長は鼻で笑いながら言った。


「はは…とても褒めてるようには聞こえませんね」


 俺はそれに苦笑いで返す。


「褒めておらんからな。はっはっは!」


 騎士団長は屈託無く笑う。


「ふふ…」


 この人は不思議な魅力がある。…だから騎士達を束ねることが出来るのだろう。


「さてと、どうしたものかな。その足では街まで帰り着くのは難しかろうな」


 騎士団長は困り顔だ。


「…面目ない」


「なに、名誉の負傷だ!天晴な戦いぶりだったぞ」


「あの、魔法剣や未可子の魔法のこと、王様やターナーに報告しますか?」


 俺は気になっていたことを聞いてみる。


 騎士団長は急に真顔になると俺の目をじっと見てくる。


「それはどういう意味だ?」


「いえ、意味などはありません。純粋な質問です。ただ、できれば言わないでおいて欲しいという願いを込めていたので変に聞こえたかもしれません」


 俺も騎士団長の顔をじっと見つめ返す。


「…はっはっは。案ずるな!元より魔法のことは報告するつもりはなかった。我が王は元々魔法になど興味はなかったのだ。それがターナーが現れてからというもの…」


 騎士団長は悔しそうな顔で俯いてからさらに言葉を続ける。


「つまり、我が王には魔法というところから遠い場所にいてもらいたいと願っている。だから、おぬし達のためではなく、我が王のためにおぬし達のことは黙っておこうと思う。…おぬしたちが魔法の力に捕らわれた物達ではないとわかり安心したぞ」


 騎士団長はそう言うとニコリと笑った。


 忠義に厚い人なんだな。


「それにしても、帰りをどうするかだな」


「あの、私が…」


 騎士団長の困り顔に未可子がおずおずと手をあげる。


 俺と騎士団長は顔を見合わせる。


 未可子は俺の太ももに手を当てると小さく呟く。


「…サナーレ」


 未可子の手がぼんやりと光る。未可子の手が当てられた部分が温かくなってくる。


「これは…まさか治癒魔法か?」


 騎士団長が驚きの声をあげる。


「…鈴木君、どうかな?足、動く?」


 未可子に言われて軽く足を曲げたり伸ばしたりしてみる。多少のダルさはあるが痛みは感じない。


 試しに立ち上がってみる。


「おぉ!痛くない!これなら歩ける」


「よかった」


 俺がその場で足踏みして見せると未可子は笑顔で喜んだ。


「…未可子とやら…お主何者だ?治癒魔法というもの、話に聞いたことがあるが、実際に使える者を見るのは初めてだ…」


 騎士団長は気味の悪いものを見るかのような表情で未可子を見ている。


「それに、なぜその治癒魔法をすぐに使わなかった?…む、そうか、私が魔法の事を黙っておくと言ったからだな」


 騎士団長は1人で納得している。


 未可子は不安そうに俺の方を見ている。


 この騎士団長にも俺達が何者で、何故魔法が使えるのかを話ておいた方がいいだろう。


「騎士団長殿、実はまだお話ししていないことがあります…俺達がどのようにこの世界に来て、何故魔法が使えるのかを」


 俺が口を開くと騎士団長は俺の目を見てゆっくりと頷く。


 俺はその場に腰を降ろす。

 

 騎士団長も未可子も座り直して3人で向かい合う。


「まず、俺達はもともとこの世界の人間ではありません…」



「…何と、そのようなことが本当に起こるのか?」


 今までのことをかいつまんで話すと騎士団長は再び驚愕の声をあげる。

 この人リアクションでかめなんだよな。


「はい。俺達もイマイチ信じられないのですが、そういうことなんです」


「なるほど、一つだけ確認させてくれ。…君たちはベルトロス派なのか?」


 やはり騎士団長もそこが気になっているのか。王様はベルトロスに改宗している…なんと答えるべきか…。俺は少し悩むが、この人に嘘を吐いてもすぐに露呈するだろうと考えて正直に言うことにした。


「いえ、ベルトロス派ではありません。というより信仰している神はいません」


 俺の言葉に騎士団長は目を見開く。


「わっははは!この世界で信仰している神が居ないとのたまうとはな!わははは!これは愉快!」


 騎士団長は笑いをおさめて表情を引き締める。


「しかし、私の前以外ではその事は黙っておけ、いずれの派であろうとロンドベイル様を信じていない者は人としての扱いを受けることはこのヴァーミリア帝国ではできん…よいな?」


 騎士団長の言葉に俺は黙って頷く。

 それほどロンドベイル教の力は大きいのか。というよりロンドベイル教がこの世界そのものなのかもしれない。


「よし!ではこの話はここまでだ!帰るぞ!」


「はい!騎士団長殿!」


「おぉ!そういえばまだ名乗っていなかったな。私の名はアルベルト、アルベルトと呼んでくれて構わん」


「は…はい!悠介です!」


「未可子です」


「うん!ユウスケ!ミカコ!よろしく頼むぞ!はっはっは」

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