第9話 マヌスフォス・ウォロ

 ターナーが案内につけてくれたのは何とこの国の騎士団長だった。


「もともとはターナーが選んだ人物が案内するはずだったがな、そいつがどうも信のおけんやつで、それならば私が行こうと思ってな。それにそなたたちの戦闘も見ておきたかったのだ」


 わははと笑いながら歩くこの騎士団長は30そこそこの若い男でとても感じがいい。


「団長!俺達の剣技で魔獣なんて瞬殺してやりますよ!」


「俺達に任せてください!」


 高木と二階堂もこの騎士団長には懐いているようだ。


「ん?瞬殺?何だそれは。それにそなたたちは今日剣術をはじめたばかりだろう?まだ実戦では使えないのではないか?」


 騎士団長が首を傾げるので2人は面白くない。


「さっきだって俺達のことを褒めてくれる騎士の人いましたから!」


「そうです!大丈夫ですよ!」


「あぁ…マルスか…あやつそんなことを言っていたのか。ずっとそなたたちの近くにおったな…あやつはどうも信がおけん…口ばかり達者で…っと。客人の前で話す内容ではなかったな。すまん、忘れてくれ」


 騎士団長はそれからあまり喋らなくなった。


 程なくして森の中に入っていく。もう夜が近く周囲は薄暗い。


「さぁ、お手並み拝見だな…」


 騎士団長が呟いたのが先か、魔獣が唸りながら飛びかかって来たのが先か。


 ともかく戦闘が始まる。王様の関係者の前で魔法を使うのには抵抗があるが、そうも言っていられない。


 魔獣は俺の方に向かってくる。


「マヌスフォス!」


 呪文を唱えると手に魔法の剣が現れる。


「未可子!頼む!」


「うん!…フランム!」


 未可子の手から炎が発生し魔獣の脇腹に当たる。


『ぐぎゃあ』


 魔獣の足が止まる。


 いいぞ!このまま魔獣が未可子の方を向いた瞬間に俺がトドメを刺す。


「うわぁ!」


「こ…こっち来るな!」


 少し離れた場所から高木と二階堂の悲鳴があがる。


「なっ!?」


 そこにはもう一匹魔獣が現れていた。


 くっ。迂闊だった、魔獣が一匹だけだと思い込んでいた。


「鈴木!どうにかしろ!」


 高木と二階堂は持っている剣をめちゃくちゃに振り回しながら大声をあげる。

 北条さんは腰を抜かして2人の後ろにへたりこんでいる。


 俺達が元々相手していた魔獣は未可子に今にも飛びかからんとしていた。


 2頭同時に倒すのは不可能だ。


「くっ!未可子!どうにか凌いでいてくれ!」


 俺は叫ぶと高木と二階堂のところに駆け寄る。


『ぎゃううん!』


 魔獣が高木の剣を爪で払う。


「やべぇ…死ぬ…」


 高木も地面にへたり込む。


「うわぁぁ!無理だ!」


 二階堂は魔獣に背中を向けて逃げ出した。


 魔獣が高木に向かって前足を振り下ろす…


『がぎぃん!』


 俺の魔法剣がどうにか魔獣の爪を受け止める。


『ぐぎゃあぁ』


 魔獣が雄叫びか悲鳴なのか判別できない鳴き声をあげる。


 魔獣は俺の魔法剣を押し返すように体重をかけてくる。


「ぐぅぅ!」


 俺は魔法剣の柄を両手で持ってそれに抗う。


 しかし魔獣の体重を支えきれるほどの筋力が俺にはなく、だんだんと魔獣の爪が近付いてくる。


『ずしゅ…』


「ぐあぁぁ」


 魔獣の爪が俺の左肩に食い込む。左肩が焼けるようだ。声を出して痛みを誤魔化す。


「フランム!」


 俺にのしかかっている魔獣の頭部に炎が巻き付く。


『ぐぎゃああぁ!』


 魔獣が悲鳴をあげて後ずさる。


 助かった…未可子が離れた場所から魔法で援護してくれたのだ。

 しかし未可子も相手している魔獣に追い回されている。これ以上の援護は期待できない。早く目の前の魔獣を倒さなければ。


 魔獣は未可子の魔法を警戒して俺から距離を保っている。


 マズい。俺には魔獣に踏み込んで攻撃できるほどの剣技は無い。


『ぎゃううん』


 魔獣が再び俺に襲いかかってくる。


 咄嗟に横に飛んで魔獣の爪を避ける。


「くぅっ…」


 爪の先が頬に掠って血が出る。


「鈴木君!」


 北条さんの悲鳴のような声が聞こえる。


 魔獣はさらに追いすがってくる。


『ぎゃあう』


 魔獣の爪が俺の足を抉る。


「ぐわぁっ!」


 太ももの肉が削られて血が噴き出る。


 マズいマズいマズい。このままじゃ、俺も、未可子も…北条さんも殺られてしまう。


 けどもう足もまともに動かない。魔獣は俺から一旦距離を取り、トドメを刺すために襲いかかるタイミングをはかっているようだ。


 その時突然頭の中に声が響く。


『マヌスフォス・ウォロを使ってください!』


 俺は反射的に魔獣に向かって魔法剣を構えると呪文を唱える。


「マヌスフォス・ウォロ!」


 俺の言葉に反応し、魔法剣が一際輝きを増す。その光が極限に達した途端に光線が魔獣に一直線に向かっていく。


『ぎゃうぅぅん…ぎゃ…ぎゃう』


 光線は魔獣の胸から入り、身体を貫通して尻尾から抜けていく。


 魔獣は身体を痙攣させ地面に倒れると動かなくなった。


「はぁ…はぁ…」


 俺は片膝をついて、魔獣を観察する。


 光線に貫かれた魔獣はピクリとも動かない。そして魔獣を包んでいた透明なオーラが消えていた。


 よし、一頭倒した。


 慌てて未可子を探す。


「フランム!」


 未可子は魔獣から逃げ回りながら炎を射ち出している。しかし先ほどまでと比べてその炎に勢いがない。マジックポイント的なものがあるのだろうか?


 魔獣は未可子だけに夢中になっている。


 俺は痛む足を引きずって未可子と魔獣に少しずつ近付いていく。


 俺の動きに気付いた未可子は魔獣の視線を引き付けるために炎を連続で射出する。


『ぎゃう!』


 魔獣はダメージを食らわないまでも鬱陶しいのか、前足でその炎を払う。


「喰らえ!マヌスフォス!」


 後ろから近付いた俺は魔獣の胴体を一刀両断にした。


『ぎゃうん!』


 魔獣は短い断末魔の悲鳴をあげて上半身の下半身ばらはらに倒れ、オーラが消える。


「くっ…なんとか…やったな」


 俺はその場にしゃがみ込む。太ももからの出血が止まらない。股関節からは離れた場所だったので太い血管は傷付いていないと思うが、足に力が入らなかった。


「ゆうす…鈴木君!大丈夫?」


 未可子が慌てて駆け寄ってくる。


「鈴木君!」


 北条さんも駆け寄ってきてくれる。


「とりあえず血を止めよう」


 騎士団長が手当てを始める。


 俺はそこまで見て気を失った。

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