第8話 ベルトロスとミレーヌ

「魔法の力に取り憑かれているっていうのは?」


「うん。この世界で魔法を使えるようになるためにはロンドベイル教会の中でもベルトロス派に改宗する必要がある」


「ろんどるる?のベルトロス派?」


「ロンドベイル教会とベルトロス派だよ、ゆうす…鈴木君」


 未可子が訂正してくれる。未可子…よく覚えられるな。俺はこういうカタカナが苦手だ。だから世界史も苦手だった。


「そう。基本的にこの世界は全員ロンドベイル教の信者だ。私も含めてね、そのロンドベイル教会の中にも宗派がありベルトロス派とミレーヌ派に別れている。長い事この地方の王たちは皆ミレーヌ派だったのだが、近年になってサイラム王がベルトロス派に改宗したんだ」


「それは何故…?」


「いろいろあるだろうけど、今この世界ではベルトロス派が大きな力を持っている。ベルトロス派教会の後ろ盾を得ればその国は安泰だと言われている。その上ベルトロス派は神が絶対でその神に仕える教会に献金をするのが市民の務めとしている」


「つまり、ベルトロス派に改宗することによって市民から堂々と金を徴収できるってことですか…」


「そういうこと。神の名の下に金を集め、その金でベルトロス派に取り入って魔法の力を手に入れる。王様たちの懐は全く痛まずに盤石の国家基盤を手に入れられるって寸法だね」


 イザベラは頬杖をつきながら遠い目をしてうっすらと笑う。


「でも、それならどの国もベルトロス派になるんじゃないですか?」


 未可子が疑問を口にする。確かにそうだ。今の話を聞けば王様はベルトロス派に改宗することによって得しかない。


「そうだね…けど、君達も見ただろう?この国の有様を」


 イザベラは薄い笑いを浮かべたまま呟く。

 俺は思い出した。昨日の夕方も、そして先ほども街にはほとんど人がいなかった。商業活動も活発とは言えない。


「そりゃそうだろ?いくら働いたって全部献金で持ってかれちまうんだ。真面目に働くのがバカバカしくなるさ」


「でも、それじゃあいずれこの国はお金が無くなっちゃいますよね」


「だね。だからマトモなオツムを持った王様ならベルトロス派に改宗などそう簡単にはしないさ。元々ベルトロス派だった国は国民の調教も済んでいるから何も問題ないが、ミレーヌ派からの改宗は影響がデカ過ぎる、それで、金が無くなったら…?」


「あ!だから…戦争…」


 未可子が何かに気付いたように大きな声を上げて、自分の声の大きさに驚いたのか慌てて声量を落とす。


「御名答…昔から戦争をする理由なんて金が無いからなんだよね。サイラム王もいよいよ首が回らなくなって隣国のポートカルネを攻め落とそうとしているのさ、ポートカルネには貿易で儲けた金がわんさかあるからね」


 イザベラはつまらなそうにそう言うと氷が溶けて薄くなった酒を不味そうに飲み干した。


「あーあ…詰まらない話をしてると酒も不味いね」


 イザベラは俯く。髪の毛でその表情は窺い知れない。肩がゆっくりと上下している。…もしかして泣いているのか?


「すー…すー…すー…」


 イザベラの穏やかな寝息が聞こえてくる。泣いているのかと思った彼女は酔っ払い過ぎて寝てしまっただけだった。


 俺と未可子がどうしていいかわからずにいるとマスターがカウンターの中から毛布を持ってきてイザベラの肩にかけると俺達に対して手首だけで帰れと合図してきた。


 俺と未可子はマスターにペコリと頭を下げるとその場を後にした。



 随分と時間が経っていたようで太陽が傾き始めている。相変わらず街は閑散としていた。


 イザベラが言っていた言葉を思い返してみる。確かにこの街には活気というものがない。道を行き交う人の表情もどこか淀んで見える。


 何かに似ていると思ったら、毎日の通学路を行き交う人々の表情とそっくりだと思い至った。


 王様の館に戻ると玄関先までターナーが出迎える。


「お待ちしておりました!実は再び魔獣が現れたと連絡がありまして、お手数ですがまた皆様で討伐に向かってもらえませんか?」


 ターナーは恭しく礼をしてからそう言った。


「魔獣ですか…場所は?」


「部下に案内させます」


「承知しました」


 魔獣が出たとなれば行くしかないだろう。戦争に協力するのとはわけがちがう。


「何人で行かれますか?」


 何故わざわざそんなことを聞くのだろう。俺は不思議に思ってターナーの顔を見る。ターナーは俺のことを探るように見つめている。


 なるほど、高木と二階堂は戦力になるのか?と疑問に思っているわけか…このターナーという男、勘が良いのかもしれない。より慎重にならねば。


「皆で話し合います。高木と二階堂はどこに?」


「そうですか。お二人は今食堂にいらっしゃいます」


 あいつらいつも何か食ってるな。


「それでは、準備が済んだらお声掛けください。私はここでお待ちしています」


「わかりました」


 ターナーに軽く頭を下げて食堂に向かう。


 ちょうど食べ終わった様子の2人が俺と未可子に気付く。そこには北条さんもいた。


「おう。どこ行ってたんだよ。俺達は騎士の訓練でクタクタだぜ。なぁ?」


「あぁ。でも俺達の剣技悪くないって、褒められちゃったぜ」


 高木も二階堂もご機嫌だ。

 

 魔獣の話をすると、訓練で疲れてるだの面倒くさいだのと2人とも最初は渋っていた。


「いや、でもこれで鈴木に行かせて魔獣倒して来ちゃったら鈴木に手柄独り占めにされね?」


 二階堂がそう言ったことによって高木も「それは許せない」と言い出し、北条さんを1人でこの館に残すわけにもいかず結局5人で行くことが決定した。

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