第5話 サイラム国とポートカルネ
「ミレーヌ。見て!こんなに麦が実った!」
「本当だね!ソフィア!これでこの村も安心して冬を越せる」
「ええ!これもミレーヌがこの村に灌漑を整備してくれたおかげ。ありがとう」
「違うよ、ソフィアが毎日毎日大切に育てたからだ」
「嬉しい…ミレーヌ…愛してるわ」
「…ソフィア…私も君を愛してる」
「ふふ…なんだか照れるわ」
「何でだよ。照れる必要ないだろ」
「だって…こんなにも人を好きになったのは初めてなんだもの」
「結婚…しようか?」
「ふふふ。突然ね」
「ダメかな?」
「…ダメじゃないわ」
「じゃあ…」
「うん!ミレーヌ!結婚しましょう」
「ミレーヌ様…」
「メイリーン。どうかしたか?」
「いえ…ただ、本当に人間と結婚されるのですか?」
「うむ。私は人間として生きていくと決めた。ソフィアと子を為すつもりだ」
「子を…」
「メイリーンも人間と結婚してはどうだ?鍛冶屋の倅がちょうどいい年頃だ」
「わっ!私は…結構です…ずっとミレーヌ様のもとに…」
「そう言わずに考えておけ…私はメイリーンにも幸せになって欲しいのだ」
「はい…」
目を覚ます。まだ薄暗い。一瞬ここがどこだかわからなくなるが隣でいびきをかいている2人のおかげで思い出す。
夢を見ていたのか?内容は思い出せないが幸せな夢だった気がする。
もう一度眠りに就こうかとも思ったが目が冴えてしまったのでベッドから身体を起こす。
部屋を出る。まっすぐに伸びる廊下には誰もいない。その廊下を歩いていくと廊下の突き当たりにとても綺麗な女性が描かれた絵画がかけられている。
「私の母上です」
突然背後から声をかけられ、びっくりして振り返る。
そこには同い年か少し年下と思しき女の子が立っていた。
こんなに早朝なのにきちんと薄いピンク色のドレスを着て金色のティアラを付けている。
「えっと…」
俺の戸惑いを見て取ったのかその女の子はスカートと裾を持ちちょこんと膝を曲げてから口を開く。
「ご挨拶が遅れました。私はサイラム13世の娘、シャーロットと申します。以後お見知り置きを」
王様の娘ということはこの国の姫様か、どうりでとても美しいわけだ。
「鈴木悠介と申します。よろしくお願いします」
俺も名を名乗って頭を下げる。
シャーロットは少し微笑むと俺の隣に立って絵を見上げる。
「母上は3年前に病で亡くなりました…とても優しい方で、父も私も母上の事が大好きでした。あの頃のサイラムはとても平和で、領民ともとても距離が近かったのに…」
「変わってしまったのですか?」
シャーロットの言葉を受けて俺が口を開くとシャーロットは頷く。その目には涙が溜まっている。
「ポートカルネとはお祖父様のそのまたお祖父様の頃から友好を重ねていたのに…突然戦争を始めると父が言い出して。私はアレックス様…ポートカルネの王子とも婚約が決まっていたのに…」
シャーロットは堪えきれなかったのか、その目から涙がこぼれ落ちる。
「何故サイラム王は突然そんな風に…」
俺が疑問を口にするとシャーロットは俯く。
「わかりません。ただ、母上が亡くなってしばらくは抜け殻のようになっていた父が、突然人が変わったようにベルトロス派への信仰心を強めて教会に寄進を始めたのです、それからお金への執着が強くなり、領民には重い税を課し、とうとうポートカルネと戦争を始めると…」
シャーロットの足下にポタポタとその涙が染みを作る。
「お願いします。ユウスケ様。戦争を…父を止めてください!父は間違いを犯そうとしています!戦争なんていけないことです!お願いします!」
シャーロットは俺に対して何度も頭を下げる。しかし俺はその願いに応えることができない。俺だってできることなら戦争を止めたい。しかし…
「シャーロット…ごめんなさい。俺にはその力がありません」
俺の言葉にシャーロットは落胆の色を隠すことなく肩を落とす。
「そう…ですよね。すいません、変なお願いをして…」
シャーロットはそう言って頭を下げると廊下を静かに歩き去っていった。
俺はシャーロットの背中が角を曲がり見えなくなるまで見送ってから振り返って絵を見上げる。
絵の中の女性…シャーロットの母親は何だか悲しそうに見えた。
部屋に戻ると高木と二階堂はまだ寝ていた。扉がノックされたので開けてみると、北条さんと未可子がいた。
俺の肩越しに寝ている2人を見て少し呆れたような顔をする北条さん。相変わらず可愛い。
俺達の服はターナーが用意してくれたのか、この世界の服だ。中世の服装というか、RPGの服装というか、麻の布でできた軽い服で男はズボン、女はスカートだった。
騎士団に入ると宣言した高木と二階堂には長剣が、北条さんにはレイピアが支給されているが、態度を保留した俺と未可子には武器の支給はなかった。
「朝ごはん、用意してくれたみたい…」
北条さんが口を開く。そこで俺は自分が空腹であることを思い出す。昨日の夜も料理に手をつけなかった、いくら戦争に巻き込まれたくないとはいえ何も食べずには生きていけない。
「ありがとう…。先に行ってて?俺は2人を起こしてから行くよ」
北条さんは頷いて未可子と連れ立って廊下を歩いていく。俺はそれを見送って高木の肩をゆする。
「うーん…もう食えないって…」
ダメだ…二階堂は…。
「おっぱい…もっとおっぱい…」
こっちもダメだ…仕方ないので2人は寝かせたまま朝食を摂りに階下へ向かう。
「よく眠れましたか?」
イケメンターナーが慇懃な様子で俺を出迎える。俺はそれに軽く会釈する。
北条さんと未可子は先に食べ始めていて半分ほど食べ終わっている状態だ。
俺が2人に目で挨拶しているとメイド姿の女性が俺を食卓に案内して椅子をひいてくれる。
俺がその椅子に腰掛けると目の前のカップにコーヒーが注がれ、サラダ、スープ、パン、ハムと目玉焼きのプレートが並べられる。昨晩も思ったが食品は元いた世界の大差無いらしい。
そんなに急いで食べたつもりはないが、腹が減っていたのだろう、食べ終わるのは北条さんと未可子と同時であった。
「今日のご予定は?」
食後の紅茶を淹れながらターナーが笑顔で話しかけてくる。
「特には…すこし街を見させてもらってもいいですか?」
俺の答えにターナーの目が少し揺れる。何も変なことは言ってないと思うのだが…。
「それはよろしいですね。案内をつけましょう」
ターナーは表情を笑顔に戻すとそう提案してきた。
「いえ。大丈夫です、気ままに見て回りますので」
俺がターナーの提案を断るとターナーは笑顔のまま冷たい目をして何か言いたそうにしたが言葉を飲み込む。
「…そうですか。必要であれば声をおかけください…最近物騒な輩も多いと聞きます…くれぐれもお気をつけて」
ターナーはそう言うと一礼して北条さん、未可子の順に紅茶を淹れていった。
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