第6話 静かな街とイザベラとの再開
朝食が済み北条さんと未可子に一緒に街に出るか聞くと、未可子は二つ返事で付いてくることになったが、北条さんは騎士団に挨拶をしなければならないので一緒には行けないと言う事だった。
早速騎士団入団か。随分と手回しが良い…いや、焦っているのか?
未可子とは後で玄関で待ち合わせることにして一度部屋に戻る。
高木と二階堂はやっと起きたようで寝ぼけた様子でベッドの上に身を起こしている。
俺が朝食があると言うと二人して部屋を出て行った。
俺は身支度を整えて部屋を出る。玄関で未可子とターナーが話している。俺が近付くとターナーは未可子に礼をして立ち去った。
「何の話ししてたの?」
「なんか…魔法を使えるんじゃないのかっ…て」
未可子は少し戸惑い気味にそう答える。
「何て答えた?」
「魔法って何ですか?って答えておいた…」
未可子の返答に俺は安堵した。とはいえ、ターナーは余程俺達のことを疑っている。いつまでも誤魔化し続けられないか…。
ちらっと玄関から食堂を窺うと高木と二階堂は朝から女を両側に侍らせて朝食を摂っていた。
2人にも口止めはしてあるが、とても黙っていられるタイプではないだろう。
玄関を出ると広い庭に石畳で通路が作られている。正面に噴水があり、それを回り込むようにして通路は正門に続いている。
通路の両側には花壇がありそこには色とりどりの花が咲いていた。
戦争に必死になっている国の王には似つかわしくない庭だと思った。
門には衛兵が2人立っているが俺達が通ろうとすると敬礼をして道をあけてくれる。俺と未可子はその間をぺこぺこと頭を下げながら通る。
街に出る。昨日は夕方だったから閑散としているのかと思っていたが、この時間でも街は閑散としていた。
目抜き通りと思われる道には食堂や商店の看板が掲げられた建物があるがどれも商売をしている気配がない。
太陽の位置を見る限りそこまで早い時間でも無いはずで、こんなに閑散としてるのは不思議を通り越して不気味であった。
もちろん全ての商店が閉まっているわけではない。たまには営業をしている商店もある。パンや食料品を扱っている店には客もちらほら入っている。
「なんだか…活気が無いねぇ…」
隣で未可子が話しかけるでもなく呟く。俺はそれに頷いて歩みを進める。
暫く歩くと昨日潜ってきた城門に突き当たる。ここで目抜き通りは終点だ。
城門は閉ざされ衛兵は俺達などいないもののように微動だにしない。
俺達は踵を返して元来た道を戻り始める。と、行きには気付かなかった路地があることに気付く。
「ちょっと入ってみよう」
俺が路地に入ると未可子も付いてくる。狭く薄暗い路地にはちらほらと人の往来がある。路地の両脇に座り込んでいる人もいる。
少し歩くと『BAR』と書かれた看板があり、ちょうどその建物から見知った顔が出てきた。
「おや?」
その人は俺達に気付くと赤らんだ顔をこちらに向けて来る。
「やぁやぁ!これは英雄様御一行の一部じゃないか」
昨日の女冒険者だ。酔っ払いになってより色っぽさを増している。
「こんにちは」
俺が挨拶しながら頭を下げると未可子も俺の隣で頭を下げる。
「かしこまっちゃって!」
女冒険者は近付いて来て俺の肩をバンバンと叩いた後、未可子の肩もバシバシと叩く。結構酔っ払っているらしい。
「お酒…飲んでたんですか?」
俺の言葉に女冒険者は妖艶に笑う。
「うん…でも、ちょっと飲み足りなかったのよ。よかったら付き合いなさいよ」
女冒険者は俺と未可子の腕を引っ張り今出てきたばかりの店に入ろうとする。
「ちょっ!ちょっと!俺も未可子も未成年です!」
俺が慌てて抗議の声をあげると女冒険者はキョトンとして首を傾げる。
「みせーねん?何それ?」
どうやらこの世界には成年とか未成年の概念が無いらしい…ってそりゃそうか。
「えっと…とにかく俺と未可子はお酒は飲みません。それでもよければお話聞かせて貰えますか?」
俺は説明が面倒なのでそう言って誤魔化す。しかし実際この女冒険者からこの世界の事を聞ければこれからの身の振り方にも役立つだろうと思い、どうしても話は聞きたかった。
「んぅー…酒飲めない奴と飲んでもつまらないんだよなぁ…けど、まぁ…私も気になっていることあるし、良しとしよう!行くぞ!続けー!」
女冒険者は勢い良く扉を開けるとずんずんと店の中に入っていった。
「なんだよイザベラまた来たのか?」
「さっき帰ったばっかだろうが」
「まだ飲み足りねぇんだろ?」
女冒険者が店の中を歩くと他のテーブルやカウンターにいるおっさんや強面の兄さんから声をかけられている。どうやら女冒険者の名はイザベラというらしい。
「マスター。いつもの!この2人には適当にジュースでも出してやって」
イザベラはカウンターに身体を預けて大声で注文する。カウンターの位置が高いためイザベラの胸がカウンターの上に乗っかっている状態になる。
「ゴクリ…」
俺が思わず生唾を飲み込むと突然足に激痛が走る。見ると未可子の足が俺の足を思い切り踏みつけていた。
未可子が眼鏡の奥からジトッとした目で俺を見ている。何で女ってこういう視線に敏感なんだろうか…。
マスターは無言で手際良くグラスを並べ、酒とジュースを注ぐ。
「お待ち…」
マスターがイザベラの前に酒を、俺と未可子の前にジュースを置く。イザベラは酒を手に取ると店の奥まった部分にあるテーブル席に陣取った。
俺と未可子もイザベラを追うようにして席につく。
「それで…」
俺が話を切り出そうとした瞬間にイザベラはグラスを思い切り煽る。
グラスの中にある琥珀色の液体はみるみるうちに減っていき、すべてがイザベラの口内に吸い込まれるのにさほど時間はかからなかった。
「くぅーっ!!きくぅ!これこれ」
イザベラは眉間に皺を寄せて酒の味を堪能しているようだ。俺にはまだ酒の味がわからないがとても美味そうに思えてくるから不思議だ。
イザベラは空いたグラスを持って再びカウンターに歩み寄る。
「マスター!同じの!」
マスターはまた無言で手際良くグラスに酒を注ぎ、イザベラはそれを受け取ると席に戻ってくる。そして再び一息で飲み干す。
最早カウンターで飲んでしまった方が早いのではないかと思うが口には出せない。
この一連の流れを3回ほど繰り返したところでやっとイザベラは席に腰を落ち着けた。
「あはは。飲んだ飲んだ。最高だねぇ」
イザベラはご機嫌だ。しかし俺には聞きたいことが山ほどあった。
「それで?何か聞きたいことあるんでしょ?」
イザベラはグラスの縁を人差し指で撫でながら頬杖をついて俺の目を覗き込む。その目はトロンとしているが理性は失っていないようだった。
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