私の時間
私の今日の昼食はうどんだ。数あるメニューの中からうどんを選んだ。理由は特に無い。ただパッと目についたからそれを選んだ。
私はうどんと無駄にでかでかと書かれた食券を持って、食堂の調理師のもとに向かう。その間不躾な視線を向けてくる輩が相も変わらず居たが、いつも通り私が目を向けると一瞬で黙りこくってバッと視線を逸らした。
そんなこんなで私はいつも通り、食券を調理師に手渡す。
「これ。お願い」
「はーい。うん、いつものね」
食券を私から受け取った調理師の物言いに対し、私は引っ掛かりを覚えた。
いつもの? 私そんなにいっつもうどん頼んでた? 覚えてないなぁ。だってどうでもいいから。……まあいいか。
調理師がその『いつもの』を用意してくれている間、私は何となく携帯をいじる。だって暇だから。手持無沙汰だから。携帯には相も変わらずこんなニュースがずらりと表示されていた。
『ダンジョン崩落。数人がダンジョン内に閉じ込められている模様』
『行方不明だった小学生男児、ダンジョン内にて保護。命に別状は無し』
『ダンジョン内にて身元不明の男性の遺体発見』
今日も今日とてダンジョンのニュースばかり。全く、嫌気がさす。忌々しい。携帯なんていじるんじゃなかった。
私が後悔して早々に携帯を仕舞ったのと同タイミングで、私の前にうどんが置かれる。
「はい、どーぞ」
何とタイミングが良いことか。そんなことを思いながら私は調理師からうどんを受け取った。
「ありがとう」
うどんを受け取った後、私はこの場に唯一うどんの調味料として置いてある一味唐辛子に目をやった。
私は一度うどんを置いた後、一味唐辛子の瓶を片手で手に取る。そして瓶の大蓋を勢いよく開け、何のためらいもなく一瓶分の一味唐辛子をまるまるどっさりとうどんの中に放り込んだ。
これにて一味唐辛子マシマシうどんの完成だ。
私は改めて出来上がったうどんを手に取り、一人用の食事席に向かった。その間数人がぎょっとした目で私のうどんを見ていたが、もうすっかりこの状況にも慣れてしまった。
多分目を向けてくる奴らは総じて辛い物が苦手な奴らなんだろう。そう勝手に結論付ける。
私は席に着いた後、改めて今から私が昼食として食べるうどんに目をやった。
そのうどんは麺が視認できないほどスープが赤く染まってしまっている。
全く。こんな馬鹿な食べ方をするようになったのはいつからだったかな。覚えてないや。だってどうでもいいから。
「いただきます」
独りでに合掌した後、私は真っ赤なスープの中から麺を救い出し、そしてすする。
うん、うどんだ。
それ以上でも、それ以下でもないただのうどん。それ以外の感想は無い。味はするものの、美味しいとか不味いとかの感情が一切沸かない。あの日あの時から私は食事すら楽しめなくなってしまった。
あの忌々しい出来事以降、私の時間は止まっている。
ペキッ。
おっと箸を折ってしまった。知らず知らずのうちにあの日のことを思い出したことで手に力が入っていたようだ。こうやって箸を折るのは何本目だろう。使い捨ての割り箸にしたらよかったな。
まあいいや。うどんも丁度食べ終わったところだし。箸を折ったことは後であいつに報告しておこう。
「ごちそうさま」
私は合掌し、食事を終える。今日もつまらない食事だった。
さて、さっさと片付けよう。人が多い場所はどうにも居心地が悪い。何というか、チラチラ見てくる奴らが鬱陶しい。真夏の夜中に耳元を飛び回る蚊レベルで。
私は立ち上がるために椅子を引く。そして立ち上がろうとしたところで珍しいことに声を掛けられた。
「
ビシッと敬礼しながらそんなことを言う見知らぬ若い男。見てくれはややチャラい。
国は等々チャラ男さえも軍に入れてしまうようになってしまったのか。終わってるな。
「ん」
私は一応、名前も知らないチャラ男に対し短く返事をする。大体の者はこれで去っていく。だがしかし、今回は何故かとそうではなかった。
立ち上がって片付けを始めようとした私をチャラ男は引き止め、言葉を続ける。
「あ、そーだ。すみません。神無月隊長にお聞きしたいことが」
そう言ってチャラ男は携帯を取り出す。
「何?」
携帯を操作してチャラ男はとある画面を私に見せてきた。
「神無月隊長ってこの場に居たんっすよね?」
早く終わらせたかった私は素直に画面を見た。だがしかし、それが間違いだった。
画面にはこんな文字と当時の様子が写されていた。
『大型ショッピングモール内で地割れ発生。中から異形の怪物現れる』
その画面を見た瞬間、私の脳裏にあの出来事がフラッシュバックする。
私を庇ったことで怪物に数メートル吹っ飛ばされる親友。すぐに駆け寄ったものの親友の息は既にか細く、命の灯火が今まさに消えようとしていることがすぐに分かった。
私は泣き叫ぶように何度も親友の名を呼ぶ。「美月美月美月!」と。でも親友は、美月はもう手遅れだった。当時の青二才の私でもそれは分かった。分かってしまった。
やがて美月が私の名を呼んだ。か細い声で「ひ……め」と。そして私をいつものようにそっと抱きしめた。
その抱擁は温かくてそして冷たかった。
「もし良かったら当時の状況とか――」
ビキッ、ビキビキッ。パリン。
私の持っているお椀が私の握力でぐちゃぐちゃに割れた。同時に私の殺気で周りは一気に静かになった。
「――ひっ」
私に対し不躾な質問をしてきていたチャラ男が私の殺気にあてられ尻餅をつく。
この場は一瞬で静寂に包まれた。
誰も彼もが押し黙る。だがしかし、そんな時間もずっとは続かなかった。何故なら異変を察知した彼女がこの場にやってきたからだ。
「何をしている!」
彼女のその問いに答える者はいない。いや、正確に言えば答えられるものは誰一人としていなかった。
彼女は誰も彼もが黙りこくっている中、冷静に状況を把握した。
今の状況は私が異様なまでの殺気を放っており、新人隊員がその私を見て尻餅をついているという状況。さらにその新人隊員の手元の携帯にはあの忌々しい記事が写されていた。
ここまで状況が揃えば、それなりに付き合いの長い彼女なら全容を把握できるのはもはや必然。彼女は溜息をつき、こう言葉を漏らした。
「……なるほど」
その後、彼女――
「大体の状況は把握した。片付けはこちらでやっておく。だからお前は一刻も早く部屋に戻れ」
命令とも言える林野の語彙が強い物言いに対し、私はただ一言――。
「ごめん」
と返した。それ以外の言葉が見当たらなかった。
私はチャラ男の横を、一瞥もせず通り過ぎる。そしてこの居心地の悪い食堂から出て行った。『早くこの場から消え去りたい』その一心で。
出て行く途中、林野の怒声が聞こえてきたが、何と言っているのかまでは頭に入ってこなかった。
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更新予定は当てにしないでください。
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