異常発生

 異形の化け物。それが溢れかえる、摩訶不思議な洞穴が世界各地に出没して早数年。人々はそれをダンジョンと呼んだ。

 ダンジョンでは未知なるものが数多く入手でき、研究者たちがこぞってダンジョンの中へと足を踏み入れ、そして死んでいった。

 ダンジョン。それを希望だと言う者もいれば、厄災だと言う者もいる。ダンジョンは良くも悪くも未知で溢れかえっている。そう、人間が追い求める『未知』で。

 ダンジョンはこの数年で人々の生活に完全に溶け込んだ。今やダンジョンという単語が生活の中で日常的に飛び交っている。

 人々の中でダンジョンが身近にあることが、もはや普通になってしまった。

 私は今日も今日とて、そのダンジョンの中に足を踏み入れる。ダンジョン調査部隊の一員として。


「林野」


 私は何故か今日もいつも通り隣に居る林野に対し、話しかける。


「麗奈だ」


 案の定いつも通りの返事が返ってきた。だから私はいつも通りそれを無視して続ける。


「林野。……なんでついてきた?」


 私の疑問は尤ものはずだ。だって私は「今日の調査は私一人でいい」と言った。なのに何故ついてきた? しかもこんなに人数連れて。林野含めて十一人は十分多い。はっきり言って邪魔だ。


「はぁ」


 林野は何故かため息をつく。そしてその後こう続けた。


「神無月。何度も言ったが今回調査するここは推定Aランクのダンジョンだ。いくらお前が一騎当千の力を有しているといえど、一人で行かせられるわけないだろう」


 その後すぐに「それに」と続ける林野。


「仮にもお前は第三部隊の隊長なんだ。隊長の身に何かあっては私たちが困る」


 成程、今日のお説教は長めコースだ。林野の実力は信用しているが、こうやって小うるさいのは嫌いなところなんだ。

 それに何だ「仮にも」って。お前たちが勝手に仕立て上げて、勝手に私を隊長にしたんだろう。文句があるなら隊長変わるよ? 別に私はそれでも良いよ、全然。この役職に未練ないし、私。


「そうっすよ隊長。隊長の身に何かあったら俺たち困っちまいます」


 へへへっと、十一人の内の一人の男が突然話しかけてきた。誰だろう? こいつ。私知らない。

 まあいいや。振り返ったならついでにそろそろ鬱陶しくなってきたあれも処理出来る。一石二鳥だ。

 私は何も言わず、話しかけてきたモブ男の頬をギリギリ掠めるぐらいの位置に向かって投げナイフを投げた。


「ひっ」


 投げナイフはモブ男の横を通り過ぎ、真っ直ぐ飛んで行った後目的の物に当たった。ナイスショット、私。

 投げナイフが見事に当たったそれは絶命し、そのまま床にドサッと落ちた。


「おい神無月!何を――」


 林野が怒声を浴びせてくる。


「魔物が追いかけてきてたから殺した」


 林野が「何をしている!」と言い終わる前に、私は言葉を遮って事実を述べた。

 魔物殺した。私悪くない。

 私が事実を述べたことで、理解の早い林野は一瞬で怒気を収めた。林野の奴、絶対私がイラっとしたからこのモブ男に向かってナイフ投げたと思ったよね。失礼な奴だ。私そんなことしないのに。


「そ、そうか。……そういうことをする時は事前に言ってくれ」


 林野に呆れたようにそう言われた。私悪くないのに。魔物殺してあげたのに。


「ずっと追いかけてきてた。気付かない方がおかしい」


 私は仕方がないから反論を述べた。だってこのままだと私が悪者にされそうだし。

 私の反論に対し、林野がピクリと反応する。


「ずっと? ずっととはどのくらいだ、神無月」


 私に対し、問い詰める林野。


「ずっとはずっと。……十分ぐらい?」


 私はノータイムで何も考えずそう口にした。


「十分……だと?」


 林野は唖然とした後、私に向き直りこう言った。


「おい、神無月! 何故それをもっと早く報告をしない!?」


 怒声を浴びせてくる林野。私はどうやら選択を間違ったらしい。またこれお説教が始まるやつだよ。あーやだやだ。


「いやだってめんどくさいし」


 私の言い分に対しクワッと目を見開く林野。


「めんどくさいだと? それでもし誰かが死んだらどうする!? 私はいつも、報連相は重要だと――」


「林野ストップ。この先に魔物が居る」


 林野の口を物理的に手で押さえ、林野が今言っている報連相をしてやった。私偉い。


「……数は?」


 林野はペッと私の手を払い除け、半場呆れたようにそう言った。呆れ半分、怒り半分といった感じだ。

 林野は何がそんなに不満なんだろう? 私ちゃんと報告したのに。

 まあ林野の気持ちなんてどうでもいいや。

 私は偉いのでさっと気持ちを切り替え林野の聞いてきた数を報告する。


「……分からない」


「分からないだと? そーやってまた適当に――」


「ほんとに分からない。……多すぎる」


 私の言葉を聞いて林野はさっと気持ちを切り替える。


「そうか、分かった。……なんでもいい。分かることを教えてくれ」


「中型と大型。飛行系も居る」


 林野は私の言葉を聞いた後、私に付いてきたその他大勢に話しかける。


「お前たち! 聞いたか? この先に魔物が居る。数は不明。大型と中型、それに飛行系も居るようだ。気を引き締めるように!」


 流石副団長。その命令によってこの場の空気が一気に引き締まった。私には真似出来ない。しようとも思わないけど。

 皆それぞれの武器を手に取る。それを確認した後、私たちは行軍を開始した。

 私たちの足音と、ガチャガチャガチャという防具の音だけがダンジョン内に木霊する。

 やがて私たちは目的の場所――魔物が居る場所へと着いた。


「ひっ」


 その光景を見た瞬間、誰かが短く悲鳴を上げた。

 私たちが見たそれは、異常な光景だった。私以外の誰も彼もが息をのんだのが分かった。

 私たちが目にしたもの、それは魔物の大群だった。ただしそれは、ただの魔物の大群ではないということをこの場に居る誰もが一瞬で理解した。

 まずその数。百……二百……いやもっといる。千に及びそうな数の魔物がこの一か所に集まっていた。

 そして何といっても異常なのはその魔物の種類だ。パッと見ただけでも準一級から特級の魔物がうじゃうじゃ居る。見たことのない魔物まで混ざっている始末だ。

 その台所に蔓延るゴキブリのような光景を目にした後、林野は速やかに命令を下した。


「全隊員に告ぐ! 撤退だ!」


 その命令を聞いた瞬間、ある者は恐怖から逃げるように、またある者はこの事実から目を背けるように撤退していく。

 だがしかし、それをするには遅かった。遅すぎたんだ。

 もう既に魔物はこちらに向かって来ている。

 このまま撤退してもすぐに追いつかれて全滅するだけ。そう肌で感じ取った私は――。


「バリアウォール」


 私たちと魔物たちを隔てるように魔術を展開した。

 林野はそれにすぐさま気が付き、足を止め振り返る。


「神無月! 何をしている!」


 いつも通りの怒声を浴びせてくる林野。私はそれに対しいつも通り淡々と答える。


「あなたたちは逃げて。私はここを抑える」


 これで素直に逃げてくれたら楽なんだけど、林野は素直じゃないからそうはいかない。林野は私の期待を裏切り、言葉を続ける。


「何を馬鹿なこと言っているんだ! お前も早く――」


 だから私はこう言った。


「林野。お願い」


 私はお前たちを死なせたくないんだ。


「……っ。分かった」


 良かった。林野納得してくれた。これで私は魔術に集中できる。


「……馬鹿」


 林野は去り際にそんな言葉を残して去って行った。私馬鹿じゃないのに。

 ダッダッダッダ。

 段々と遠ざかっていく足音たち。やがて足音が完全に聞こえなくなったタイミングで私は改めて気を引き締めた。


「……ふぅ」


 そして魔物たちが蔓延るバリアの中へと足を踏み入れたのだった。


==========


 毎日更新するとは言っていない。

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