第20話 それから

 何年もの月日が経った。まめは相変わらず元気で、獣医師嫌いで、娘に『この家の宝物』『私の息子』と毎日溺愛されている。

 娘は何度かの転職の後、この頃は児童福祉業界に携わっており、あずきの話はほとんどしなくなっていた。

 そんな彼女が、ある時スマホを見ながら、独り言のようにぽつりと呟く。


 「触れないね」


 何の事かとスマホを覗き込むと、画面にはいつかに撮った、1本のパウチおやつを2匹にあげている動画が映っていた。ピスタチオの瞳とバットマン柄の猫、あずきももちろん映っている。

 娘が無言でスワイプすると、次の動画は、娘の布団で寝ているあずきに、手元だけ映りこんだ娘がちょっかいを出し、あずきが『邪魔よ!』とばかりに身をよじるものだった。動画には、デレデレの娘の声が入っている。

 次は、娘の部屋の窓から外を見るあずきの横顔の写真。何を見ているのか、じっと外を見つめているあずきは、ウィスカーパッドがぷくぷくで、バットマン柄に白い髭がかわいい。

 炬燵に座った娘の膝で、娘とあずきが会話する(?)動画。

 それから、冬場に撮ったのか、珍しく毛布の上でまめと体を少しだけ寄せて丸くなるあずきの、ちょっと不機嫌そうな顔の写真。

 …そこまで見せてくれてから、娘はもう一度言った。


「触れないね、あずき」


 私は何と言ってみようもなく、ただ『そうだね』と応えるしかなかった。

ぼたぼたぼた、と、スマホの画面に雫が落ちる。


「もうあのほっぺの手触りがわからない。肉球の匂いがわからない。鼻の冷たさも舌のぺらぺらさも思い出せない」

「ー…そうだね」

「好きなのは変わらないのに、だんだんわからなくなっていく」


 娘は座布団に顔を押し付けたと思うと、そのまま声を殺すように泣いた。

 その姿を見て、今更ながら、この子はずっとこんなに辛かったのだと、私はやっと気がついた。

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