第9話 構って満たして愛して

 猫の発情期…と一括りにしてよいのか、子供の時分以来、雌猫と暮らした事がない私には断言できないが、少なくともあずきのそれは、ひと月おきに1週間前後続く。

1日中家族の誰かを追いかけては、尻尾の付け根を叩けとせがみ、目一杯腰を上げてはバランスを崩して倒れ込んで、ごろんごろんと床でアピールし、喉が裂けるぞと心配になるくらいの大声で騒ぎ続けるのだ。

 ついこちらも苛立って『煩い!』等と言ってしまう時もあったが、その日は違った。少し離れた部屋から『んぐんぐ』と、獲物を咥えた猫の威嚇音のようなくぐもった声が聞こえたのだ。何事か?と不審に感じてその部屋に向かった娘。

 ややあって、彼女の大きな笑い声が響く。笑いすぎて咽せながら、それでも娘は何とか実況中継をしてくれた。


「ねぇ!まめが、あずきちゃんにマウントしてる!」

 危うくお茶を噴くところだった。

 

 マーキング行動が出る前に早々に去勢を済ませたまめには、マーキング行動は勿論、そういった’経験'’もなく、今まで娘の言う'マウント'など、少なくとも私たち家族は一度も見たことがなかった。驚きと焦りで転げそうになりながら、声のする部屋に入った私の目に飛び込んできたのは…。

 あずきの首根っこを噛み、しっぽの付け根辺りを後ろ足で踏んでは滑り、踏んでは滑り…を繰り返しているまめの姿だった。

 ふ、とまめと私の目が合う。明らかに『これからどうしたらいいの?』と困惑の表情を浮かべる猫を、私はその日人生で初めて目の当たりにした。

 ああきっと、本能的にあずきの発情を悟り、苦しそうな様子に思わず上に乗ったはいいが、彼はピュアすぎたのだ。


 娘の大笑いに、私のそれも加わった。

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