第6話 ここが、あたしのおうち(決定)

 ここからは、二匹が一緒に生活し始めてからの話をしよう。

 はじめにあずきは、この家の人間が、灰色と黒の虎柄に、鼻と口の周りとお腹の毛が白い猫を‘まめ’と呼び、自分に対しては彼を『おにいちゃん』と教え込んでいることに気づいた。

 もちろん猫には、名前がなんなのか、『おにいちゃん』がどういう意味なのかはわからないのだから、なんとなく、あいつの事だな、と思っている程度だろうが。

 そして、当の『おにいちゃん』は、猫のくせに高い所に上がるのが苦手で鈍臭く、同じ家を縄張りとしているのに争う気がなくて、それどころか優しくて何でもしてくれる事や、自分が彼を叩いても怒っても、人間に慰められてはきょとんとしていることも知った。そんな鈍臭くて、ほげ〜、ほにゃ〜っとしている猫なのに、声をかけられるのも食事をもらうのも、何故か彼が先なことも。

 しかも‘あずき’は、別室隔離生活をしていた頃の話でもわかるように、私たち家族が大好き…というより最早、また捨てられるのを恐れてか、過度に媚を売っているように見える節がある。その証拠に、宅配便の配達員や来客など、家族以外の人間が来ると一目散に2階や押入れの奥に入り込み、その人がいなくなっても1時間は出て来ないほど臆病者で人間嫌いなのである。

 特に成人男性が苦手なようで、男の人の声がしようものなら、フローリングに後ろ足を滑らせて、ドリフトをしながら逃げて行く。夫にも初めはびくついていたが、毎日のように話しかけられると一週間程で慣れたようで、今では呼ばれれば返事をして、撫でられても満更でもなさそうな顔をするようになり、夫も順調にでれでれでメロメロな中年と化していた。

 さてここで、初受診の際の話を覚えているだろうか?そう、成人男性に恐怖感を持っているはずのあずきは、どう見ても成人男性である院長には、逃げるどころかお腹まで見せたのである。猫なりに、院長が動物の扱いに長けていて、危険がない人間だとわかったのだろうか?その後も男性獣医に健康状態を確認してもらう機会があったが、同様にお腹を見せていた。ある時期までは…。

 この話は少し長くなるので、また先でお伝えするとしよう。


 とにかく彼女は、自分が『あずき』もしくは『きっちゃん』と呼ばれ、毎日のように、お腹いっぱいのご飯と水が給仕されること、意味は分からないけれど『あいしてる』『ぜっせいのびじょ』『かわいい』『かみさまが、とどけるいえをまちがえただけ、あなたはほんとうははじめからうちのこ』と繰り返し言われ、それらがどうやら自分を称賛する言葉である事には真っ先に慣れた。

 けれど自分が来た頃から、何日かにいっぺんどこかに出て行くだけで、普段はほとんど横になっていた『じさ(おじいちゃん)』とやらが、ある日白衣のおじさんが訪ねてきた時を最後に、いつの間にかいなくなった事は気にしていないようだった。

そんな日々が続く中、私たちは、飼い猫とその家族にとって、避けては通れない課題に向き合うこととなる。ここからは、その時の騒動を話そう。

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