第3話 責任、持てばいいんだろ?
「あー、この手(前足)先の汚れと肉付き、肉球の硬さからみて野良というより捨て猫だね。それから歯、見て?この歯、この子成猫だね。あらら、お腹も見せてくれるの?触っていいの?どれどれ…女の子か、可愛いねぇ」
サンタクロースとアインシュタインを足して割ったような獣医は、診察台でお腹を出す‘えうちゃん’に言った。どちらかといえば恰幅のいい体格、白髪の方が多い波打つ豊かな髪を後ろに撫でつけ、デレデレ顔で彼女に話しかけている初老のこの人は、その実この動物病院の院長だ。
私と娘はあれから、診察終了時間まで20分の動物病院に駆け込み、受け付けで事情を伝えて、診察室に入れてくれた彼に『えうちゃん』を診察してもらっている。
「あのねお母さん、どうする?この子多分棄てられて日が浅いから、まだ人馴れしてる。でも、短期間でも外で生きてたんだから、お腹の中にどんな虫や菌、病気を抱えてるか分からないよ?」
デレデレに崩れた笑顔から一転、神妙な顔つきで私を見る院長に、咄嗟に私も緊張しながら聞いた。
「それは、調べられますよね?」
「もちろん。でもこの子はお宅の子じゃない。当然うちは検査にお金も取るし、状態がわかって必要な処置が終わったら、誰かにお迎えを頼むよ?」
そうなったらどうするの?という彼に、私の隣で娘はこともなげに言う。
「私たちが来ればいいんでしょ?」
院長は娘に視線を移し、高さを合わせるように少しだけ屈んだ。
「お嬢ちゃん、生き物の命に責任取るのは、そんなに簡単じゃないんだよ?迎えに来てどうするの?またお外に出す?お家には猫、もういるでしょう?」
そう、先ほども書いたが、我が家には先住猫…母の通っている美容室の店主の知人宅の猫から、諸事情あって産まれた2歳の雄猫…がいた。その子もこの病院でお世話になっている。スタッフの間では、『去勢手術で麻酔が効いている筈なのに、手術台でひと暴れした猫』、『診察台に出されると獣医を威嚇し、家族の脇の下に頭を突っ込んで文句を言う猫』として有名な少々厄介な彼は、特段こちらが指名しなくても、診察の際はほとんど院長が担当してくれていた。
日頃から彼の母親を公言し、溺愛している娘は、小学校高学年になってまで目線を合わせて‘お嬢ちゃん’と言われた事が気に入らず、眉間に皺を寄せる。
そんな彼女に代わり、私は一歩診察台に近づいた。
「この子も私も、そんなつもりありません。結果が出たら連絡ください。迎える準備しときます」
私の言葉に、娘は気を取り直して眉間の皺を伸ばすと、私を見てから院長に向き直り、はっきりと頷いた。
その後おそらくほんの30秒程度の間―…。それでも私たちには倍以上に感じた間を開けて、院長は私と娘を交互に見て、念を押すように言う。
「―…いいんだね?」
私たちは再度頷いた。
「はい。この子の名前、決まったらお伝えします」
「します。この子はうちの子です!」
‘で’と‘す’の間に小さい‘っ’が入りそうなほど気合の入った娘の返事に、院長はようやくその顔を緩めた。
「そう。じゃあ、今日は遅いからこの子ごと預かります。いつもの子の連絡先に連絡するね、…飼い主さん」
「「よろしくおねがいします」」
診察終了ギリギリの室内に、私と娘の言葉が重なった。
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