第32話「未来へ耕す子供たち」

また新しい春が、畑を満たしていた。


風に乗って花の香りが家の中まで入り込み、縁側に並んだ木の椅子を優しく包む。


そこには、もう俺の姿はない。


でも――畑には今も小さな足音が響いていた。


「おーい、シエラ! そっちはまだ耕してないぞ!」


「わかってるってば、お兄ちゃん!」


アレンの息子のティルが、少し大きすぎる鍬を構えながら畝を掘り返していた。

その隣で、妹のシエラが小さな手で一生懸命土を均している。


二人は時々顔を見合わせて、楽しそうに笑い合っていた。


「ほら、ハルゥ! 手伝って!」


「きゅいっ!」


いつの間にか代替わりした小さなハルゥ――ハルゥの孫か曾孫かもしれない小さな生き物が、畝の間を跳ね回っていた。


尻尾を振りながら土を掘り返し、小さな虫を追い出してはまた花の間を走る。


「父上も母上も……ここでずっと俺たちを見てくれてるよな」


アレンはそう言って、畑の中央に立つ白い小さな碑を見つめた。


碑の周りには、色とりどりの花が以前にも増して咲き乱れていた。


シエラがそっとその前に膝をつき、両手を合わせる。


「……おじいちゃんもおばあちゃんも、この畑をずっと守ってきたんだよね」


「そうだ。だから今、俺たちが耕してる」


ティルがちょっと照れくさそうに鍬を持ち直し、また土を掘り返した。


「お父さんみたいに上手くはまだできないけど……でも絶対に、この畑を枯らさない」


「うん! わたしもお花をもっといっぱい咲かせる!」


その声に小さなハルゥが「きゅいっ!」と鳴いて、二人の間をぐるぐる回る。


夕方。


作業を終えたティルとシエラは、畑の端に座って並んだ。


目の前には、丘を越えてどこまでも続く花と畑。


「……すごいね。ずっとずっとお花が続いてる」


「父上が子供の頃は、このあたり全部瘴気だらけだったんだってさ」


「うそー」


「本当だよ。剣や鎧で戦うしかなかった世界だったんだって」


ティルは少しだけ誇らしそうに胸を張った。


「でもおじいちゃんが鍬一本で変えたんだ。父上と母上がそれをもっと広げて……次は、俺たちの番だ」


シエラがにこっと笑った。


「じゃあもっともっと耕そうね! わたしたちの畑を!」


「うん!」


二人は小さな手を合わせて約束を交わした。


夜。


家の縁側で並んで座るティルとシエラの頭上に、魔界には珍しい星がまた増えていた。


畑にはまだ夜風に揺れる花々が咲き、白い碑の周りで柔らかく香っていた。


(……父上、母上)


胸の中でそっと呼びかける。


(ちゃんと見ててください。俺たちはこれからも畑を耕します。鍬を握って、ずっと……)


シエラが隣でそっと眠りの中に落ち、小さなハルゥがその膝に頭を乗せた。


ティルは空を見上げて微笑んだ。


(剣も鎧も必要ないこの場所を……ずっとずっと、俺たちが守りますから)


遠くから夜風が吹いてきて、花々がさわさわと一斉に揺れた。


その中に、小さく優しい声が混じって聞こえた気がした。


「……ずっと一緒だよ」


涙が滲んだ。


でもそれは悲しさじゃなく、確かな幸せが胸に満ちたからだった。


ティルは小さく頷き、そっと畑に目を閉じた。


(……ずっと、一緒です)


この畑は未来へ続く。


永遠に――家族と共に。


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